Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『バルタザールどこへ行く』(ロベール・ブレッソン)


 政治時代のゴダールのミューズ、アンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝的小説が映画化されたという。しかもアンヌとゴダール恋愛模様が描かれているというから、興味津々ではないか。(というよりは怖いもの見たさ?)映画はミシェル・アザナヴィシウス監督(『アーティスト』)の『グッバイ、ゴダール!』、若きゴダールを演じるのはフィリップ・ガレルの息子ルイ・ガレルとのこと。自作に度々顔を出す出たがり屋のゴダールのことだから、映画の最後に老境に入った本人自身として出演してたりすると面白いなあと思う。まあそんなの絶対に嫌がりそうだが。


 アンヌ・ヴィアゼムスキーは『バルタザールどこへ行く』で女優としてデビューした頃の様子を『少女』(2007年)という小説に綴っている。『少女』は『バルタザールどこへ行く』の現場の様子が詳細に描かれているので、メイキング本としても面白い。フランス映画界の伝説的監督ロベール・ブレッソンの演出について、その完璧主義、現場での独裁者ぶりが余すところなく描かれていて興味深い一冊であった。


 で、その『バルタザールどこへ行く』(1964年)について。バルタザールという名のロバが、村の人々(教師の娘、不良少年たち、農園主の息子、浮浪者・・・)の営みを見つめて、そして死んでゆくというお話。


 登場人物たちの行く末には救いがなく、台詞も少ないし、劇伴もなく、ただ薄暗い画面に登場人物が無表情に座り込んでいたりするショットがずっと続くという印象。ジャンル問わず様々な映画見狂ってた頃にはこういうのもアリだろうと素直に受け入れていたけれど、なかなか思うように時間が作れず映画鑑賞も叶わない中で久しぶりに見ると、ブレッソンのストイックな演出スタイルというか画面構成は物凄く異様に見えたなあ。薄暗い小屋でヒロインの背後に不良少年が近づく場面で、ふとヒロインが席を立つと暗闇に浮かび上がって見える不良少年の白い手。泥酔した男がロバから滑り落ちて絶命する場面で、男が地面に落ちるぞっとするような乾いた音。とか。ホラーかこれ。怖いよ。


 『少女』には、ロバのバルタザールが全く言うことを聞かなくて撮影が滞る場面が出てくる。ロバ相手に大真面目に演出するブレッソンの姿が描かれていた。本編のバルタザールを見るとそれを思い出して味わい深いものがあった。ブレッソンは職業俳優の人工的な演技を嫌って素人を使うことを好み、演技も本人自身であることを求めたと言う。そういった意味ではロバはロバとしてしか振舞えないのだから正にブレッソン好みではないか。


(『バルタザールどこへ行く』 AU HASARD BALTHAZAR 監督・脚本/ロベール・ブレッソン 撮影/ギスラン・クロケ 音楽/ジャン・ウィエネル 出演/アンヌ・ヴィアゼムスキー、フィリップ・アスラン、ナタリー・ショワイヤー、ヴァルテル・グレーン 1964年 96分 フランス/スウェーデン


少女

少女