アキ・カウリスマキの新作『枯れ葉』鑑賞。角川シネマ有楽町にて。平日の夜の回だけど客席は七割くらい埋まってたんじゃないかな。カウリスマキってやっぱり人気あるんだなあ。
賞味期限切れのパンを持ち帰ろうとしたことを咎められ勤め先のスーパーを首になった女(アルマ・ポウスティ)。仕事中に酒を飲んでいたことがばれて工場を追い出された男(ユッシ・ヴァタネン)。カラオケバーで出会った孤独な男女が紆余曲折を経て結ばれるまでを描く。意外なほどストレートなメロドラマであった。
ラジオから聞こえるロシア-ウクライナ侵攻のニュースが現在進行形の映画である事を示しはするが、基本的には何ら変わらぬカウリスマキの世界。困窮した労働者の暮らし、無口な男と女、酒の誘惑、ロックンロールと懐メロ、愛らしい犬、住み慣れた街。それらは80年代だろうが現在だろうが変わらぬものとしてあるはずだ、俺はそれしか描かないよと偉大なるマンネリズム、カウリスマキのファンタジーとも言える。彼女が俺のために微笑んでくれた、仕事中もポケットに酒瓶を忍ばせるほどのアル中男が私のために酒を断ってくれた、そんなお互いの変化こそが一番のスペクタクルとして描き出される。
劇中で男女が映画を見に行く。作品はジャームッシュの『デッド・ドント・ダイ』。主人公たちの佇まいとゾンビ映画のミスマッチが可笑しい。映画館は内外に名画のポスター(フィンランド版か)がたくさん貼ってあって楽しい。ロビーにブレッソン『ラルジャン』のでっかいポスターが貼ってあるのがすごく気になった。女は電気代を心配するくらい困窮しているが、『ラルジャン』みたいなお金を巡る悲劇には展開しなかったのでホッと胸を撫で下ろした。
本作には若者が出てこない。路面電車の停留所で眠り込んだ男の懐を探る奴らと、酒場で演奏している女性デュオくらいか(この娘たちの曲が妙に面白いので注目)。酒場にたむろしグラスを傾けているのは老人ばかりという光景には少々気が滅入った。
枯れ葉舞い散る秋の風景の中、主人公たちが歩き去るラストシーン。傍らには偉大な喜劇俳優の名をつけられた犬。何ら新奇なものはないけれど、とても良い映画だった。これでいいんだと思う。