Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『哀れなるものたち』『籠の中の乙女』(ヨルゴス・ランティモス)

 

 

 ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』鑑賞。実は初ランティモス。旧作はポスター等の印象からどうも苦手な気がして、これまでノーチェックだった。

 

 投身自殺を図った女性ベラ(エマ・ストーン)が天才医師(ウィレム・デフォー)の手で自らの胎児の脳を移植され蘇生する。知識を貪欲に取り込んで急成長を遂げるベラの冒険を描くファンタジー。これはもうエマ・ストーンのオン・ステージ状態であった。フランケンシュタインの現代的解釈も、凝りに凝ったヴィジュアルも、エログロも、ウィレム・デフォーマーク・ラファロの怪演も、ストーンの存在感(あの奇妙な歩行と堂々たる眉毛)の前には霞んでしまうのであった。

 

 デフォー演じる天才医師ゴッドは創造主であり、自らも狂った父親の実験対象であった。そこを踏まえた結末は、いささか収まりが良すぎる気がしたなあ。ベラが前のめりに知識を吸収するところが面白かったので、あの勢いで虐げられた者たちを率いて革命を起こすような結末だったら最高だったなと夢想した。

 

 ユーモアを基調とした演出、音楽(イェルスキン・フェンドリックス)、パブロ・フェロー風のクレジットなど隅々までデザインされ尽くされた映像等々、かなり好みの映画だった。船の旅でベラに本を与える女性はハンナ・シグラでしたね。

 

 

 『哀れなるものたち』が面白かったので、ランティモスの初期作品『籠の中の乙女』(2009年)もチェックしてみた。こちらは子供たちを家の敷地内から外に出さず、世間から隔絶して育てる家族の話。異常なシチュエーションをフラットな映像と演技で描く手つきはどことなく初期のハネケを連想した。露悪的な内容は『哀れなるものたち』と一緒だけど、映像的なアプローチが随分違っている。

 

 映画は子供たちの描写が中心だけど、主眼は両親だろう。確信に満ちた態度で間違った親権を振るう父と母。間違った指導者とその結果という教育や政治の在り方の寓話か。映画は変化の予兆を感じさせて幕を閉じる。しかしもっと面白いドラマはあの先にあるはずだと思い、歯痒さが残った。あ、その先を描いてるのが『哀れなるものたち』なのかな。

 

 『哀れなるものたち』でランティモス=変な映画という先入観が出来てしまい、驚きが少なかったというのはある。未知の新人の作品として本作に接していたらもっと衝撃があったかもしれないとは思う。