Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

シドニー・ルメット月間(後半戦)

 

『丘』(1965年)

 第二次大戦中、アフリカの英国陸軍刑務所が舞台。炎天下に過酷な重労働を強いる非情な看守と囚人たちの闘い。戦時下に味方の軍人から苛め抜かれる不条理が迫真の演出で描かれる。タイトルバックで刑務所の様子を一望させる空撮が上手い。本作もまたルメットが得意とする限定空間のディスカッション・ドラマであり、劇伴無しのドライな演出が緊張感を高める。日本版ポスターの惹句は「砂の鎖につながれた野郎共の絶叫!」。映画の雰囲気を上手く伝えている。

 不屈の意志で反抗を続けるショーン・コネリーがいい。黒人兵オシー・デイヴィスは後のブラック・ムービーの重要人物だ。

 

 

『グロリア』(1999年)

 傑作アクションの悪名高いリメイク版。これまで全く見る気がしなかったけどルメット月間につき初鑑賞。うーん、これはやはり企画に無理があると思わざるを得ない。妙にウェットな雰囲気に仕上がっていて「これは違う」感が凄かった。

 ジョージ・C・スコット他共演者の顔つきは悪くないし、ロケーションを生かした生々しい空気感はルメットの得意とするところ。なんだけど、そこまでしてもリメイクの意図が分からない何とも困った作品だった。ハワード・ショアによるエレガントな音楽は良かったけど流れ過ぎか。シャロン・ストーンは健闘していたと思う。冒頭の出所場面ややくざ者をあしらう場面など、ジーナ・ローランズとはまた違った姐御感がある。

 

 

『キングの報酬』(1986年)

 主演リチャード・ギア。選挙を裏で操る選挙参謀のメディア戦略と影響力(原題はそのものズバリPOWER)を描く。非情な政治ドラマとしても、アッパーな仕事人間が改心して原点に立ち戻る人間ドラマとしても中途半端な出来だった。何とも軽い。軽過ぎる。ルメットらしからぬ凡作。

 ここでもまた監視、盗聴、データ改竄が描かれるけれど70年代アメリカ映画の不穏なムードは皆無で薄味。メディアのシステムと影響力を強調するかのような最後の数ショットが一番面白い。しかしそれが主人公の苦い勝利を否定しているようにも見えて、さらに困惑させられた。

 共演ジュリー・クリスティジーン・ハックマンケイト・キャプショー、フリッツ・ウィーヴァー、デンゼル・ワシントンら面白い顔ぶれだが。

 

 

『質屋』(1964年)

 戦時中の忌まわしい体験から人間不信となり心を閉ざした質屋主人を描く重量級のドラマ。NY界隈の生々しいロケーション、男を苛む執拗なフラッシュバック、情け容赦無い人間観察。先に見た『丘』『未知への飛行』そして本作、60年代ルメットの切れ味は凄い。

 主人公の屈折を体現するロッド・スタイガーの名演。終盤自失状態で街を彷徨う場面のよろめくような足取りと髪の乱れ。撮影ボリス・カウフマンジャン・ヴィゴの『操行ゼロ』『アタラント号』撮った人なんだな。音楽はクインシー・ジョーンズ。劇中Soul Bossa Novaが流れる場面あり。

 

 

『旅立ちの時』(1988年)

 テロリストとして指名手配されている両親と逃亡生活を送る少年の成長を描く。意外や爽やかな青春映画だった。リヴァー・フェニックスが何とも初々しい。個人的には、過去の事件を清算できないまま逃亡生活を送る両親の葛藤に思い入れて見てしまった。

 これが60年代に過激な反戦運動をしていた両親の青春を描いたならば、それこそアメリカン・ニューシネマだ。体制への反抗、ブルジョワの両親への反抗、そして挫折と逃亡。本作はあの両親が己の轍を踏まず、自由を求める息子と向き合い解放する姿に感動を覚えた。J・テイラーの曲も良かったな。

 暴走する昔の仲間を演じるのはL・M・キット・カーソン。『ブレスレス』『悪魔のいけにえ2』他で知られる脚本家。元奥さんはカレン・ブラック、息子ハンターは『パリ、テキサス』の名子役。黒沢清のサンダンス研修日記にも登場、「ゴダールフーパーを繋ぐ面白い人物に出会った」と記されていた。

 

 

狼たちの午後』(1975年)

 早稲田松竹にて鑑賞。中学生の頃、TVの吹替洋画劇場で見て以来の再見。

 真夏のブルックリンで発生した奇妙な銀行強盗。間抜けな素人犯罪の顛末を迫真のタッチで再現した傑作。空間丸ごと捉えたような臨場感たっぷりの演出が素晴らしい。本編は劇伴なし、終盤は空港の状況音だけという潔さに痺れる。

 記憶ではアル・パチーノの独演会という印象だったけど、改めて見ると人質の銀行員、警官、野次馬に至るまで生々しい存在感を放っていた。ジョン・カザールは言動のズレっぶりからこれまでの不幸な人生を垣間見せる名演。切なかった。チャールズ・ダーニングクリス・サランドンも素晴らしい。

 

 

その土曜日、7時58分』(2007年)

 シドニー・ルメット月間の締めは、遺作となったサスペンス『その土曜日、7時58分』。金銭的に追い詰められた兄弟(フィリップ・シーモア・ホフマンイーサン・ホーク)が、両親が経営する宝石店強盗を企てる。簡単に片付く筈だったが、事態は最悪の方向に転がり出す。常に間違った選択をし続ける登場人物たちの哀れ。全く救いの無い展開に背筋が凍る暗黒の傑作だった。

 本作は父親との軋轢に耐えかねた長男が次男道連れにして自爆する物語だ。自分は何とか乗り越えられたけど、主人公の屈折は理解できる部分もあって胸が痛んだ。兄フィリップ・シーモア・ホフマン、弟イーサン・ホーク、妻マリサ・トメイ、父アルバート・フィニーら名優たちの激突が大きな見もの。

 皮肉な原題BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD、衝撃的なラストも深い余韻を残す。それにしても恐ろしい映画だった。

 

 これにてシドニー・ルメット月間終了。頑張って19本鑑賞。前に見ている作品合わせてもまだ22本で、フィルモグラフィーの半分くらいか。未見で特に気になるのはショーン・コネリー主演『怒りの刑事』(1972年)。60年代の硬質な演出から70年代のオープンな作風への継ぎ目に位置する作品ではないかと想像している。

 ルメットの映画では価値観の違う者たちが激しくぶつかり合う。印象的なのは、登場人物たちが話し合うのを決して諦めない事だ。そこにアメリカ映画ならではの良さを感じてとても好きだった。遺作となった『その土曜日、7時58分』は、向き合って話し合う事が出来ず、短絡的な行動に終始する登場人物たちが地獄に落ちる話だったが。

 

 これまで見た中でベスト10を記載しておきます。60年代の作品はソフト化も配信も無いのが多いのが残念。今後チェック出来たら順位が変わる可能性は大いにある。

 

 

シドニー・ルメット BEST10

 

①『十二人の怒れる男

②『質屋』

③『未知への飛行』

④『丘』

➄『評決』

⑥『狼たちの午後

⑦『プリンス・オブ・シティ

⑧『セルピコ

⑨『旅立ちの時』

⑩『その土曜日、7時58分