Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『センチメンタル通り』(はちみつぱい)


 ムーンライダーズについて語る時外せないのが、はちみつぱいだ。はちみつぱいは、フロントマン鈴木慶一氏の音楽キャリアの始まりに当たり、ムーンライダーズの前身となったバンドである。1971年に結成、流動的なメンバーでライヴを中心に活動を続け、1974年に解散した。はちみつぱい唯一のオリジナル・アルバムが『センチメンタル通り』(1973年11月リリース)だ。
 

 収録曲は、


 M-1.「塀の上で」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-2.「土手の向こうに」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-3.「ぼくの倖せ」(作詞/松本圭司 作曲/渡辺勝)
 M-4.「薬屋さん」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-5.「釣り糸」(作詞・作曲/かしぶち哲郎
 M-6.「ヒッチハイク」(作曲/本多信介)
 M-7.「月夜のドライヴ」(作詞/山本浩美(補)鈴木慶一 作曲/山本浩美(補)鈴木博文
 M-8.「センチメンタル通り」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-9.「夜は静か 通り静か」(作詞・作曲/渡辺勝)
 Bonus Track
 M-10.「君と旅行鞄(トランク)」(作詞/渡辺勝・鈴木慶一 作曲/松本圭司)
 M-11.「酔いどれダンス・ミュージック」(作詞・作曲/鈴木慶一


 クレジットされているメンバーは、鈴木慶一(ヴォーカル、ギター、ピアノ)、本多信介(ギター)、武川雅寛(ヴァイオリン、トランペット他)、和田博巳(ベース)、かしぶち哲郎(ドラムス、ヴォーカル)、駒沢裕城(ペダルスティール)。オリジナル・メンバーの渡辺勝(ヴォーカル、キーボード、ギター)は72年に脱退したが、本アルバムの録音には参加している。


 M-1「塀の上で」は矢野顕子のピアノ弾き語りアルバム『SUPER FOLK SONG』でも取り上げられた名曲中の名曲。M-7「月夜のドライヴ」はその後ムーンライダーズでも再演された曲で、武川雅寛のバイオリンが何とも言えずロマンティックなムードを醸し出している。ロック・バンド編成にペダルスティールやヴァイオリンが入った独自のサウンドはちみつぱいの魅力だ。個人的なベスト・トラックは表題作M-8「センチメンタル通り」かな。シュールな歌詞とふわふわと浮き上がるようなサイケデリックな演奏が気持良い。


 ところで・・・。「センチメンタル」なんて言葉、今でも生きているのだろうか。死語じゃない?ある?ある、そう。あるのか。こちとらよく「虚無的」になったり「懐疑的」になったりするけれど、「感傷的」な気分になることはめったにない。仮になったとしてもそれを自分で「センチメンタル」と呼んでいいものやら。だって「センチメンタルな40代」ってのはなあ。キモチ悪いよなあ、やっぱり。


 はちみつぱいの活動をリアルタイムで知っている訳では無いので(私は1967年生まれなので1971年〜74年頃はまだ子供だった)、『センチメンタル通り』は後年ムーンライダーズから遡って聴くことになった。「ザ・バンドグレイトフル・デッドの影響を受けた、はっぴいえんどの弟的バンド」というような前情報を元に、洋楽の名盤を聴くような気分で接した。初めて聴いた時は、もっさりしたサウンドにいささか古めかしい印象を受たものだ。長髪に口ひげという時代性を感じさせるメンバーの写真と相まって、この人たち若いんだか歳食ってんだかどっち?という印象であった。名曲名演に良いアルバムであることは疑いないと思ったが、正直言ってそんなに自分とって身近な感じはしなかった。『センチメンタル通り』を除くはちみつぱいの音源は、『セカンドアルバム-イン・コンサート-』、一度だけの再結成ライヴを収録した『9th June 1988 はちみつぱい Live』のみだし、バンドの全体像はどうにも把握し難いところがあった。


 ところで『スキンレスナイト』という映画をご存知だろうか。AV(アダルトビデオ)業界を背景に、かつて映画監督を目指していたが今はAV監督となった中年男が、スランプで悶々としたりするという私小説的な物語だ。劇中で主人公が昔撮った8mm映画が流れる場面があり、そのBGMは何と「塀の上で」! さらに、スランプに陥った主人公は新しく借りたアパートに引きこもって悶々とシナリオ執筆に取り組みながら、はちみつぱいの再結成ライヴ盤を聴き続けるのだった。これには仰天した。監督の望月六郎氏は1957年生まれというから、『センチメンタル通り』リリース時は高校生くらいかな。正にジャストなリスナーだったといえようか。自分も『センチメンタル通り』はいいアルバムだと思うけれど、あんな風には思い入れ出来ないなあと『スキンレスナイト』を見てちょっと悔しい気持ちになったものだ。


 最近(2009年10月)になって、未発表ライヴ音源を集大成したBOXセット『THE FINAL TAPES はちみつぱいLIVE BOX 1972-1974』がリリースされた。これは彼らの活動期間を網羅するもので、正にはちみつぱいの全容を理解するにはうってつけの内容であった。これを聴くことによって、彼らが多彩なテクニックを持ったスケールの大きいバンドであったことが改めて理解出来た。また、『THE FINAL TAPES』に収録されたライヴの熱っぽい演奏からは、確かに若さが感じられた。パンクで反抗的な若さではなく、熱っぽい青さみたいなものが滲み出ている。年齢不詳の(というか老成した)バンドだなあという印象が覆され、今さらながら(ホントに今さらながらだ)ようやく彼らが身近な存在に感じられた。慶一氏のMCは妙にふにゃふにゃした声で若さ丸出しだったし。慶一氏、当時22歳。そりゃ若いよね。


 『THE FINAL TAPES』を経由して改めて『センチメンタル通り』を聴き直してみると、ちゃんと若さが感じられるし、前よりずっと身近なものに感じられた。塀の上で異国に飛び立つ飛行機を見送る青年の想い、何かでハイになって通りをそぞろ歩く気分、夜中のドライヴで見上げた月の輝き・・・そんな諸々の感情が伝わってきて、確かにセンチメンタルな気分になってくる。感傷的というか、何だかやるせないような・・・。リリースから40年近く経ってなお色褪せぬ『センチメンタル通り』の魅力であり、音楽が持つマジックか。あ、今のオレ「センチメンタルな40代」になってるかも。


センチメンタル通り

センチメンタル通り