Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『THE LOST SUZUKI TAPES Vol.1』(鈴木慶一)


 ムーンライダーズ35周年記念、続いてはフロントマンである鈴木慶一氏のソロ・アルバムを振り返ってみたいと思います。


 鈴木慶一氏は1951年東京生まれ。はちみつぱいムーンライダーズのバンド活動、ソロ・アルバムの制作、THE SUZUKITHE BEATNIKS等様々なユニットでの活動、多数のアーティストへの楽曲提供・プロデュース、CM・ゲーム・映画音楽の制作、と多彩な活動を続けている。個人的に、世界で一番好きなミュージシャンであります。


 今年(2011年)は、2月にソロ・アルバム『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』をリリース、5月に『火の玉ボーイ』の全曲を再演するライヴ、9月には森山良子さんのアルバムをプロデュース、10月には高橋幸宏氏とのユニットTHE BEATNIKSでアルバム『LAST TRAIN TO EXITOWN』をリリース、11月にはTHE BEATNIKSのライヴ、12月にはライダーズのアルバム『Ciao!』リリースとライヴ、と60歳を迎えてなお驚異的なペースで活動を続けている。しかも今年リリースした3枚のアルバム『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』『LAST TRAIN TO EXITOWN』『Ciao!』はどれも年間ベスト級の素晴らしい仕上がりだ。ライダーズ活動休止を受けて、これからどのようなソロ活動を展開するのか気になるところ。


 これまでにリリースされたソロ・アルバムは、


『火の玉ボーイ』(1976年)※デビュー作・鈴木慶一ムーンライダース名義
『SUZUKI白書 SUZUKI WHITE REPORT』(1991年)
『THE LOST SUZUKI TAPES』(1993年) ※未発表曲・デモ音源集
『ヘイト船長とラヴ航海士』(2008年) ※曽我部恵一プロデュースによる「ヘイト船長」三部作その1
『シーシック・セイラーズ登場!』(2009年) ※三部作その2
『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』(2011年) ※三部作完結篇
『THE LOST SUZUKI TAPES Vol.2』(2011年) ※未発表曲・デモ音源集第二弾
(他にも、東京太郎やsuzuki K1>>7.5ccといった変名でのリリース、ユニット作品多数あり)


 まずは、12/14にリイシューされた未発表曲集『THE LOST SUZUKI TAPES Vol.1』について。1993年にリリースされた時は10曲入りだったが、今回それに6曲を追加して、慶一氏がMETROTRONレーベルに残したソロ音源を網羅する形でまとめられている。


 収録曲は、


 M-1.「人間の条件(ぢょうけん)」(作詞/蛭子能収 作曲/鈴木慶一
 M-2.「デモクラシー」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木慶一鈴木さえ子矢口博康・渡辺等)
 M-3.「君はガンなのだ」(作詞/糸井重里 作曲/鈴木慶一
 M-4.「国民の煙草新生」(作詞・作曲/unknown)
 M-5.「LEFT BANK (demo)」(作詞/鈴木慶一 作曲/THE BEATNIKS
 M-6.「人面犬 (demo)」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-7.「人間の条件(ぢょうけん)」(作詞/蛭子能収 作曲/鈴木慶一
 M-8.「骨」(作詞/久住昌之 作曲/鈴木慶一
 M-9.「ア・イ (demo)」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-10.「Eight Melodies (demo)」(作曲/鈴木慶一田中宏和
 追加収録
 M-11.「GOOD VIBRATIONS」(作詞・作曲/B.Wilson & M.Love)
 M-12.「吟遊詩人の歌」(作詞・作曲/三木鶏郎
 M-13.「銀座の雀」(作詞/野上彰 作曲/二木多喜雄)
 M-14.「INOSISIS PULSE」(作曲/東京太郎)
 M-15.「母なる東京太郎」(作詞・作曲/東京太郎)
 M-16.「The Weight」(作詞・作曲/R.Robertson)


 蛭子能収氏作詞のM-1「人間の条件(ぢょうけん)」は「だるい人」に続く脱力リーマン・ソング。M-2「デモクラシー」は慶一氏にしては珍しいストレートなトピカル・ソング。M-3「君はガンなのだ」は糸井重里氏のアルバム『ペンギニズム』用に書かれたボツ曲。ボツった理由は推して知るべし。M-4「国民の煙草新生」は作者不詳の伝承歌。慶一氏の昭和歌謡や伝承歌等に寄せる興味はライダーズではほとんど取り上げられていないので興味深い。M-5「LEFT BANK (demo)」はTHE BEATNIKSの名曲。完成版は高橋幸宏氏のソロ・アルバム『EGO』に収録されている。この歌詞は本当に凄い。M-6「人面犬 (demo)」はムーンライダーズ『最後の晩餐』収録の「犬の帰宅」の原曲。M-9「ア・イ (demo)」はエロティックな歌詞とドラマティックなメロディーがとても良い。『SUZUKI白書』収録の「白と黒」などに通じるアダルトな世界で、この路線の曲はその後ほとんど見受けられないのが残念。M-7、M-8はライヴ音源。あがた森魚氏もカバーした「骨」はいい曲だなあ。作詞は漫画家の久住昌之氏。M-10「Eight Melodies (demo)」はゲーム『マザー』用に書かれたもの。今回のリイシューと同時リリースされた『THE LOST SUZUKI TAPES Vol.2』には、このさらにレアなデモ音源が収録されている。
 

 アルバムの宣伝コピーは、CDの帯に曰く「男は女の奴隷か?」。これについては・・・ノー・コメント。


 今回のリイシューで追加収録された6曲について。M-11〜15は、慶一氏が“東京太郎”名義でリリースしたミニ・アルバム『TOKYO TARO is living in Tokyo』(1996年)を全曲収録。M-11はトッド・ラングレンばりにビーチボーイズの名曲を完コピー。M-15はタイトル通り慶一マザーが歌う珍曲。ビーチボーイズ昭和歌謡とテクノと実験ソングが共存するミニ・アルバム『TOKYO TARO is living in Tokyo』はファンなら聴き逃せない1枚。今回の再録は嬉しい企画だ。



 M-16はMETROTRONレーベルからリリースされた『woodstockbreeders』(『ウッドストック』の曲をカバーしたオムニバス・アルバム)収録の曲。慶一氏は“OLIVER STONES”名義で、ザ・バンドの名曲を浮遊感のあるテクノ・アレンジでカバー。しかしオリバー・ストーンズって・・・。


 『THE LOST SUZUKI TAPES Vol.1』は、ムーンライダーズではあまり見せることがなかった慶一氏の生身の姿が垣間見れる興味深い音源集だ。プライベートのさらけ出し方が最近の作品(ヘイト船長三部作)とは一味違って妙に生々しい。これはこれでとても面白いと思う。収録曲の中では、M-9「ア・イ (demo)」が大好き。 


 リイシュー盤のライナーで、本作収録の楽曲はライダーズの活動休止期間(80年代終盤)に進めていたソロ・アルバム用のものが多いことを知った。アルバムはXTCのアンディ・パートリッジにプロデュースを依頼するべく曲を書きためていたが、慶一氏が耳を傷めてしまったので中止になってしまったのだという。もし予定通りリリースされていたら、カルトな名盤が誕生していただろうなあと思う。いやこれからでも遅くない。日英のポップ職人同士、いつか改めてタッグを組んで欲しいなあと思う。



The Lost SUZUKI Tapes 1

The Lost SUZUKI Tapes 1