Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ムーンライダーズ MOONRIDERS』(ムーンライダーズ)


 我が最愛のロック・バンド、ムーンライダーズはちみつぱい(1971年〜1974年)を母体として、1976年から本格的に活動を開始。以来35年の長きに渡って継続的に活動して来た。バンド名は、稲垣足穂の名著『一千一秒物語』の一節から命名されたものだ。


月が高く昇った刻限 どこからともなく白い仮面の騎士隊があらわれ・・・


 現在のメンバーは、鈴木慶一(ヴォーカル、ギター、キーボード)、岡田徹(キーボード)、武川雅寛(ヴァイオリン、トランペット、マンドリン)、白井良明(ギター)、かしぶち哲郎(ドラム)、鈴木博文(ベース)。バンドとしてのレコーディング、ライヴ活動の他に、各メンバーのソロ活動、音楽プロデューサーなども精力的におこなっている。メンバー全員がソングライティング(作詞・作曲・編曲)やプロデュース業、映画音楽、CM曲、スタジオ・ミュージシャン業をこなすという稀有なバンドである。シングル・ヒット曲が皆無で、TV等のメディア出演もわずかなので、活動の長さの割に一般的な知名度は低いと思う。全員がリード・ヴォーカルを担当したり、アルバム毎にサウンドのスタイルが変化したりするので、何とも掴み所が無く、「ムーンライダーズってこういうバンド」と一言で説明するのは難しい。その特異性、複雑さがまた大きな魅力にもなっていて、知れば知るほどに興味の尽きないバンドである。


 ムーンライダーズの記念すべきファースト・アルバムがムーンライダーズ MOONRIDERS(1977年2月リリース)だ。通称「赤いアルバム」。レコードの宣伝コピーは「火花散らし突き進む 6人の スパークリングジェントルメン」というもの。「6人のスパークリングジェントルメン」は、鈴木慶一岡田徹武川雅寛椎名和夫かしぶち哲郎鈴木博文


 収録曲は、


 M-1.「紅いの翼」(作詞・作曲/岡田徹
 M-2.「独逸兵のように(シャルロットへ)」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-3.「洒落してるネお嬢さん」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-4.「紡ぎ歌」(作詞・作曲/橿渕哲郎)
 M-5.「スパークリングジェントルメン」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-6.「マスカットココナツバナナメロン」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹鈴木博文
 M-7.「頬うつ雨」(作詞・作曲/武川雅寛
 M-8.「湊町レヴュー」(作詞/鈴木博文 作曲/椎名和夫
 M-9.「シナ海」(作詞・作曲/鈴木博文
 M-10.「砂丘」(作詞・作曲/橿渕哲郎)
   (アナログ盤ではM-1〜5がSIDEA、M-6〜10がSIDEB)


 『センチメンタル通り』〜『火の玉ボーイ』で聴かせたアメリカ的なサウンドから、フレンチ・ポップス、ブリティッシュ・ロック的なヨーロッパ志向へと変化している。M-1〜M-6の洒落たサウンドは素晴らしい。じゃあそれで全編統一しているのかと言えばそんなこともなくて、M-7から始まるアジアン・テイスト、そしてM-10の無国籍な雰囲気は、既にセカンド・アルバムを予告するものだ。


 ムーンライダーズのメイン・ヴォーカルは一応鈴木慶一氏ということになっている。ところが、ファースト・アルバムからして曲ごとにリード・ヴォーカルが違う。慶一氏がM-1、3、5、6、武川氏がM-2、7、かしぶち氏がM-4、10、椎名氏がM-8、博文氏がM-9・・・。それぞれ味があって楽しいのだけれど、何とも掴みどころの無いバンドの様相は既に露わになっているようだ。


 歌詞の内容は『火の玉ボーイ』同様に(というかそれ以上に)、フィクショナルな世界が展開している。『翼よ!あれが巴里の灯だ』を思わせるM-1、映画『愛の嵐』からインスピレーションを受けたというM-2(ご丁寧にヒットラーの演説入り)、露骨にエロティックなM-3とM-6・・・。歌詞と多彩なアレンジで描き出す、この豊かな物語性を見よ。個人的なベスト・トラックはM-5「スパークリングジェントルメン」かな。かしぶち氏作のM-10はジャンルを遥かに超えた問題作。タイトルはアントニオーニの映画から連想されたものと思うけれど、ここまでイメージを飛躍させられるのはただ事では無いと思う。「どうしたの? いや 何でもないさ 僕はいつも 砂を握りしめて 倒れている」「僕はいつも 夢を胸に抱いて 疲れている」って歌詞も凄いが、それに少年少女合唱団のコーラスが入るというアレンジも凄過ぎる。聴く度眩暈がする名曲だ。


 本作レコーディング後、ギターの椎名和夫氏が脱退。その後、『火の玉ボーイ』にも参加していたギタリスト白井良明氏が加入し、現行のメンバーが揃う事になった。時に1977年、ムーンライダーズの活動は始まったばかりだ。


ムーンライダーズ(紙ジャケット仕様)

ムーンライダーズ(紙ジャケット仕様)