Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ムーンライダーズの夜』(ムーンライダーズ)


 ムーンライダーズは1995年にFun Houseから2枚のミニ・アルバムをリリース。12月には久々のフル・アルバムムーンライダーズの夜』をリリースした。1995年と言えば、1月の阪神・淡路大震災、3月の地下鉄サリン事件など、社会的な大事件が多発した大変な年だった。これを受けて、歌詞には珍しく時事ネタが多数盛り込まれており、アルバム全体が暗く重い雰囲気に覆われている。不穏なジャケット・デザインも含め、タイトル通り「夜」のアルバムなのだ。個人的には『青空百景』的なポップ路線よりも、こちらの方が好みだったりする。


収録曲は、


 M-1.「PRELUDE TO HIJACKER」(作詞/鈴木慶一 作曲/かしぶち哲郎
 M-2.「帰還〜ただいま〜」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-3.「HAPPY/BLUE'95(アルバム・ヴァージョン)」(作詞/鈴木慶一白井良明 作曲/白井良明
 M-4.「Instant Shangri-La」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-5.「まぼろしの街角」(作詞/Three Guraduates(岡田徹武川雅寛白井良明)・鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-6.「永遠のEntrance」(作詞・作曲/かしぶち哲郎
 M-7.「渋谷狩猟日記」(作詞/鈴木博文 作曲/白井良明
 M-8.「だだ ぼくがいる」(作詞/鈴木博文 作曲/鈴木博文白井良明
 M-9.「最後の木の実」(作詞/鈴木博文 作曲/武川雅寛
 M-10.「夜のButique」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-11.「黒いシェパード」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-12.「Damn! MOONRIDERS」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 Bonus Tracks
 M-13.「冷えたビールがないなんて(INFRARED RYA MIX)」(作詞/ムーンライダーズ文芸部 作曲/ムーンライダーズ軽音楽部)


 95年の事件の中で、ライダーズ・ファンにとって衝撃的だったのは6月に発生した全日空機ハイジャック事件だ。加藤登紀子のツアーに同行していた武川雅寛氏がこれに遭遇したのだ。アルバムはM-1「PRELUDE TO HIJACKER」、メドレーのように繋がるM-2「帰還〜ただいま〜」で幕を開ける。ハイジャック事件から無事帰還した武川氏を祝う曲だ。武川氏がヴォーカルを担当したM-2は感動的なバラードだが、良く聴くとハイジャック犯(加害者)サイドの心情にも言及しているのが衝撃的だ。


 「仕事でなく 遊びでもなく 生活でもないとこへ ファンタジーでもない場所へ行ってみたいもんだ」と歌うM-4「Instant Shangri-La」。コミューン幻想を歌った内容で、オウムネタの楽曲としては恐らく最速と思われる。同年4月のライヴ(日清パワーステーション)で慶一氏が「ノー・モア・サリン!」とMCしたのを思い出す。


 援助交際ネタのM-7「渋谷狩猟日記」は博文氏の毒気に満ちた詩と良明氏のハードなアレンジが冴えるパワフルな曲。この曲もやはり加害者サイドの曲となっているのに注目だ。ライダーズの曲でここまで攻撃的な雰囲気のものは珍しい。


 個人的なベスト・トラックはM-3「HAPPY/BLUE'95」かな。この曲の強靭なバンド・サウンドには何度も励まされたなあ。M-5「まぼろしの街角」は、大学時代の音楽サークルからプロのミュージシャンへと成長して行く姿を描いた自伝的ナンバー。かしぶち氏の濃厚なロマンティシズムが香るM-6「永遠のEntrance」。博文氏らしい静謐なM-8「だだ ぼくがいる」。ダーク・ファンタジー・テイストクリスマス・ソングM-9「最後の木の実」。慶一氏丸出しの実験ソングM-10「夜のButique」・・・。曲はバラエティに富んでいてどれもかなり良い。中でも慶一氏が詩作への想いを綴ったM-11「黒いシェパード」はスタンダードになりうる名曲だ。最後は「くたばれ!ムーンライダーズ」と自嘲気味に歌うM-12「Damn! MOONRIDERS」。20周年を前にした彼らの自信と余裕が伺える痛快なナンバーだ。


 全編ムードを統一した完成度の高いアルバムだ・・・と言いたいところだけど、最後の最後に宴会ソング「冷えたビールがないなんて」(ラガービールのCMソング)が流れてひっくり返る。まあそんなハズしも彼ららしいけれども。



ムーンライダーズの夜

ムーンライダーズの夜