Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『カメラ=万年筆 CAMERA EGAL STYLO』(ムーンライダーズ)


 1980年8月にリリースされたムーンライダーズ5枚目のアルバム『カメラ=万年筆 CAMERA EGAL STYLO』。宣伝コピーは「珍しいほどクレージー・ラブ。」というもの。音楽性の変貌はさらに進み、本作では完全にニュー・ウェイヴ・バンドと化した。最早『火の玉ボーイ』と同じ人たちがやっているとは思えないサウンドである。個人的には、ライダーズの中で2番目に好きなアルバム。聴いた回数で言えば多分一番多いと思う。何しろ抜群に切れ味が良くてカッコいいのだ。ロック・バンドとしてのムーンライダーズの魅力を強く印象付けた一枚と言えよう。


 収録曲は、
 

 M-1.「彼女について知っている二、三の事柄」(作詞/鈴木博文 作曲/鈴木慶一
 M-2.「第三の男」(作曲/Anton Karas)
 M-3.「無防備都市」(作詞・作曲/鈴木博文
 M-4.「アルファビル」(作詞・作曲/白井良明
 M-5.「24時間の情事」(作詞/橿渕哲郎・鈴木慶一 作曲/ムーンライダーズ
 M-6.「インテリア」(作詞・作曲/鈴木博文
 M-7.「沈黙」(作詞/鈴木博文 作曲/岡田徹
 M-8.「幕間」(作詞・作曲/佐藤奈々子)  
 M-9.「太陽の下の18才」(作詞/Luciano Salce 訳詞/音羽たかし 作曲/Ennio Morricone)
 M-10.「水の中のナイフ」(作詞/鈴木博文 作曲/岡田徹
 M-11.「ロリータ・ヤ・ヤ」(作曲/N.Riddle, B.Harris)
 M-12.「狂ったバカンス」(作詞・作曲/橿渕哲郎)
 M-13.「欲望」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-14.「大人は判ってくれない」(作詞/鈴木慶一 作曲/ムーンライダーズ
 M-15.「大都会交響楽」(作曲/ムーンライダーズ
  (アナログ盤では、M-1〜8までがSIDE A、M-9〜15までがSIDEB)


 「架空の映画のサウンド・トラック」をテーマに製作された本作は、曲名を見ての通り、映画音楽のカヴァー、または映画のタイトルからインスピレーションを得た曲で埋め尽くされている。アルバム・タイトルは、フランスの批評家・映画監督のアレクサンドル・アストリュックが提唱した映画理論から。前作まではまだ徹底しきれていなかったアルバム・コンセプトが、本作では見事に統一され高い完成度を示している。ヌーヴェルヴァーグの映画を模したジャケット・デザインも最高。


 映画のタイトルを借用していると言っても、内容は本編とほとんど関係ない。南佳孝の『ラスト・ピクチャー・ショウ』も同様の趣向だけれど、あちらは映画本編との関連性やオマージュが感じられるものであった。『カメラ=万年筆』では、各メンバーが映画のタイトルからいかにイマジネーション(というか妄想)の飛躍を果たせるかを競っているような感じ。個人的なベスト・トラックはM-13「欲望」、M-14「大人は判ってくれない」かな。


 既成曲のカヴァーは、M-2「第三の男」、M-11「ロリータ・ヤ・ヤ」。M-11はキューブリックの『ロリータ』でスー・リオンが登場する場面にちょっと流れている曲だ。M-9はカトリーヌ・スパークちゃん主演のイタリア製青春映画『太陽の下の18才』(1962年)から「ツイストN0.6」をカヴァー。このツイスト+ニュー・ウェイヴという路線はライダーズ以外やってないんじゃないかなあ。


 本作からはM-1「彼女について知っている二・三の事柄」がシングル・カットされている。カップリングの「地下水道(KANAL DUB)」は「彼女について知っている二・三の事柄」のダブ・ヴァージョン。今年(2011年)新たにリリースされたクラウン時代のベスト盤『CROWN YEARS BEST & LIVE!』等で聴くことが出来る。


 映像作品が少ないライダーズにしては珍しく、本作にはプロモーション・フィルムが残されている。題して『小さな兵隊』(このゴダール狂め!)。1997年に20周年を記念してリリースされたCD-ROM『Damn! Moonriders』に収録されていたので見てみたら、これが何とサイレント。そんなのアリ? 反プロモじゃないのか。今となっては彼ららしいヒネクレぶりに感心するけれど、当時はどう受け止められたんだろうか。


 現在CDショップに並んでいるのは今年リイシューされたもので、リミックス盤を収録した2枚組スペシャル・エディション。リミックス盤もなかなか面白い。リミキサーは慶一氏他ライダーズのメンバー、岸野雄一氏、戸田誠司氏、曽我部恵一氏、山本精一氏ら豪華な顔ぶれ。個人的には、永井聖一氏(相対性理論)による「無防備都市」と、 mito氏(クラムボン)による「大人は判ってくれない」が特に面白かった。ギターが永井氏の演奏に差し替えられた「無防備都市」は思いっ切り相対性理論なんで笑った。


 本作がクラウン時代最後のオリジナル・アルバムとなった。この後ライダーズは、ベスト盤『東京一は日本一』(1981年5月リリース)を出して、クラウンから移籍することになる。


カメラ=万年筆スペシャル・エディション

カメラ=万年筆スペシャル・エディション