Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『インヒアレント・ヴァイス』(ポール・トーマス・アンダーソン)

 見てから大分時間が経ってしまいましたが、ポール・トーマス・アンダーソンの最新作『インヒアレント・ヴァイス』について。(5月4日、ヒューマントラストシネマ渋谷にて鑑賞)


 舞台は1970年、主人公はロサンゼルスに住むマリファナ中毒のヒッピー探偵ドック(ホアキン・フェニックス)。ある日、元恋人のシャスタ(キャサリン・ウォーターストン)が現れ、助けを求めてきた。現在シャスタは不動産王ミッキー・ウルフマン(エリック・ロバーツ)の愛人となっていて、あるトラブルに巻き込まれていると言う。渋々仕事を引き受けるドックだったが・・・というお話。ハードボイルド・ミステリーの常として、主人公は知らぬ間に大きな陰謀に巻き込まれて、追っかられたり脅されたりボコられたりしながら街を這い回ります。


 PTアンダーソン監督は、群像劇をさばく手際良さ(アルトマンゆずりの!)や音楽の巧みな使用など、演出テクニックも優れていますが、彼の作品には小手先の器用さではなくもっと骨太でガツンと来る手応えが感じられます。映像テクニックをひけらかすよりも、キャラクターを立たせる方に全力を注ぐ、という姿勢は『ブギー・ナイツ』でも『マグノリア』でも『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でも、アダム・サンドラー主演のコメディ『パンチドランク・ラブ』でさえ一貫していて、愚直なまでに熱く「直球勝負」という印象すらあります。個人的にはそこがとても好きで、最も注目している監督の一人です。


 今回はカルト人気を誇るトマス・ピンチョンの探偵小説『LAヴァイス』の映画化です。ヒッピー探偵がドラッグで酩酊状態になりつつ事件を捜査するというオフ・ビートなコメディということで、PTアンダーソンにしてはかなりの変化球かと思われます。原作は未読につきどこまで忠実な映像化は分かりませんが、主人公のすっとぼけた言動や腐れ縁の刑事(ジョシュ・ブローリン)とのコミカルなやりとりなど、原作のテイストが生かされているのかなあと想像します。主人公がどんな陰謀に巻き込まれているのかよく分からないままお話が進み、探偵が行動しているうちにいつの間にか事件が解決しているというあたりはむしろハードボイルド・ミステリーらしいと言えるかも。70年代に強いこだわりを持つPTアンダーソンらしく、ファッションや音楽等風俗描写も楽しめます。


 個人的に最も印象に残ったのは、オフ・ビートな部分ではありません。挫折感を抱えてドラッグで酩酊状態になりながら半径10mくらいの狭い世界に引きこもった主人公が、行動を起こす。彼を突き動かしたのは、元恋人への断ち切れぬ想いです。なんて書くと気恥ずかしくて馬鹿みたいですが、ニール・ヤングが流れ、回想と現在を繋ぐところなど忘れられない名場面です。シャスタ(キャサリン・ウォーターストン)のいかにも無理してる感じの儚げなところもいいですね。まずはキャラクターありきというPTアンダーソンの姿勢は今回も一貫していたと思います。


 出演は70年代面のジョシュ・ブローリンを始め、オーウェン・ウィルソンリース・ウィザースプーンベニチオ・デル・トロマーティン・ショートら曲者揃い。主人公のピッピー探偵を演じるのは『ザ・マスター』に続いてPTアンダーソン作品二度目のホアキン・フェニックス。ポスターの絵柄はドラッグでトリップ中なのかどんよりした目つきの主人公ホアキン・フェニックスですが、まるでジョン・ベルーシみたいですよね。


(『インヒアレント・ヴァイス』Inherent Vice 監督・脚本/ポール・トーマス・アンダーソン 原作/トマス・ピンチョン 音楽/ジョニー・グリーンウッド 撮影/ロバート・エルスウィット 出演/ホアキン・フェニックスジョシュ・ブローリンオーウェン・ウィルソンキャサリン・ウォーターストンリース・ウィザースプーンベニチオ・デル・トロジェナ・マローンジョアンナ・ニューサムマーティン・ショート 2014年 149分 アメリカ)