Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(黒沢清)


 黒沢清監督『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(2017年)について。映画『散歩する侵略者』のスピンオフとして製作されたTVドラマ(全5話)を140分に再編集して公開した劇場版。


 『散歩する侵略者』本編はサスペンスあり、アクションあり、コミカルな要素あり、夫婦の愛の物語あり、と盛りだくさんな映画だった。結末などハリウッド製娯楽映画が持つある種の楽天性を意識しているようでもあり、黒沢監督なりのエンターティンメントを模索した結果なのかなと興味深く拝見した。基調となっているのはブラックユーモアで、原作(前川知大による舞台劇)の持ち味であろうか、世界が滅亡するなどという物騒なテーマにもかかわらず笑いの要素も交えた軽快なタッチであった。


 一方、スピンオフの『予兆』は、黒沢監督本来の持ち味(コミュニケーション不全を前提とした世界観、ホラーテイストの演出)が全面展開した恐ろしい映画に仕上がっている。純然たるホラー映画ではないけれど、恐怖演出は近年最高の充実振りであったと思う。こちらの予想を遥かに超えた高濃度に、鑑賞後しばらくは激しい動悸が治まらなかったですよ。凄いの見ちゃったな、と。


 風で怪しくはためくカーテン、「幽霊」に怯える人物、ワンカットでの殴打、廃工場、ビルの屋上、異空間を浮遊するようなドライブ、と黒沢映画でお馴染みの映像が頻出する。近年の重要なテーマである夫婦の再生の物語でもあり、さながら黒沢映画の集大成の趣だ。脚本は『復讐 運命の訪問者』『蛇の道』という陰惨な活劇で名コンビぶりを見せた高橋洋だからハズれはない。「家族の概念を失った娘には父親が幽霊に見える」というエピソードを真剣に追求するのが高橋脚本ならではの(異常な)発想であり、それに黒沢演出はこれ以上ないくらい禍々しい画面作りで応えてみせる。とてもTVドラマと思えぬ陰影に富んだ撮影(芦澤明子)が素晴らしい。侵略者が初めて登場する病院の廊下での場面(鏡の中で激しい揺れが生じ、廊下の向こうの自動ドアが開いて妙な間があってから白衣の長身の男が現れる)、終盤の廃工場での主人公と侵略者の緊迫した攻防(銃を構えた夏帆の迫真の演技、斧を手に彼女を暗闇で待ち構える侵略者)にはシビれた。こんな黒沢映画を見たかったのだよ!そして、侵略者が最後に吐く台詞は鳥肌が立つほど恐ろしかった。黒沢+高橋コンビの『復讐 運命の訪問者』で太った殺し屋(六平直政)が死に際に「死ぬってのは・・・痛いだけだ・・・!」と呻く場面を思い出して慄然とした。


 出演は夏帆染谷将太東出昌大。侵略者を演じる東出昌大の不気味な存在感が凄い(黒沢監督もお気に入りだという)。主人公を演じる夏帆は大健闘。Vシネ時代からの常連である諏訪太朗大杉漣の出演も嬉しい。


(『予兆 散歩する侵略者 劇場版』 監督/黒沢清 脚本/高橋洋黒沢清 撮影/芦澤明子 音楽/林祐介 出演/夏帆染谷将太東出昌大中村映里子岸井ゆきの安井順平諏訪太朗大杉漣 2017年 140分 日本)


 で、高橋洋の脚本集を読み始めたんだけど、これがまた凄くてね・・・。感想はまた後日。