Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

映画感想その9

 昨日の続きです。最近見た映画、または大分前に見たけど感想を書きそびれていた映画について、ここらでまとめて感想を書き記しておきます。今回はフリッツ・ラング編。


『M』(フリッツ・ラング) 

 フリッツ・ラング初のトーキー作品となる『M』は、1920年代にドイツを震撼させた連続殺人鬼ペーター・キュルテン事件がモデルとなった「実録犯罪もの」でもある。犯人を幼女専門の殺人鬼に設定し、おどおどした普通の男(ピーター・ローレの妙演)として描いたのはラングの脚色なのだという。サイコスリラー映画のある種の原型を作った映画であることは間違いない。警察と犯罪者たちがそれぞれ犯人を捕らえるための会合を開いている場面(煙草の煙が凄い)、犯人が背中にチョークで「M」のマークを付けられる有名な場面、そして地下裁判の場面・・・。画面に危険な空気が横溢している。「親は子供から目を離してはいけない」という締めの字幕にも痺れた。
 DVDは淀川長治氏の解説入りで、淀川さんがラングと会見した時に『M』を褒めたら大喜びしたというエピソードが語られている。(ラングは小柄な淀川さんをひょいと抱え上げテーブルに座らせると感謝の意を述べたという)

(『M』 M 監督/フリッツ・ラング 脚本/テア・フォン・ハルボウ、フリッツ・ラング 撮影/フリッツ・アルノ・ヴァグナー 出演/ペーター・ローレ、オットー・ベルニッケ、グスタフ・グリュントゲンス、エレン・ウィドマン、インゲ・ランドグット、フリッツ・グノス 1931年 99分 ドイツ)


フリッツ・ラング・コレクション M [DVD]

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恐怖省』(フリッツ・ラング) 

 グレアム・グリーン原作のスパイ・サスペンス。精神病院を退院したばかりの男(レイ・ミランド)が、ナチスのスパイ組織の陰謀に巻き込まれていく・・・という粗筋からは想像もつかない異常な映画であった。冒頭の、主人公が暗い一室でベッドに腰掛けて時計を見つめている場面(後に精神病院の退院時間を待っていたことがわかる)からもうヤバい。危険な何かが画面に充満しているような異様な緊張感に圧倒される。以後、夜間に行われている慈善バザー、怪しげな占い師、列車で同席する盲目の男、突然始まる降霊会、違う役柄で何度も登場する謎の男(ダン・デュリエ)、空襲、等々サスペンス映画というよりは悪夢を見ているような感覚の場面が続出する。『映画の生体解剖』で「パラノイア感覚」と呼んだひりひりするような異常神経が全編を支配した傑作であると思う。ラスト・シーンは、いかにもハリウッド映画らしい取って付けたようなハッピー・エンドだが、劇中で重要な役割を担うケーキをネタにした冗談で主人公が「止めてくれ!」と言うのが悪夢の続きみたいで嫌な感じであった。

 主演はレイ・ミランドレイ・ミランドといえば、コーマン先生の『姦婦の生き埋葬』や『X線の眼を持つ男』(とか『Mr.オセロマン』)辺りの印象が強くて、まさか1930年代から活動していた人気スターだったなんて知らなかった。本作で見せるエキセントリックな芸風は、後年のSF・ホラー系の映画で見せる怪演を予見させるものではある。 

(『恐怖省』 MINISTRY OF FEAR 監督/フリッツ・ラング 脚本/シートン・I・ミラー 撮影/ヘンリー・シャープ 音楽/ヴィクター・ヤング 出演/レイ・ミランドマージョリー・レイノルズ、カール・エスモンド、ダン・デュリエ、アラン・ネイピア、アースキン・サンフォード 1944年  86分 アメリカ)


映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~

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『外套と短剣』(フリッツ・ラング) 

 科学者である主人公(ゲイリー・クーパー)がレジスタンスと協力してナチス・ドイツを相手に『インディ・ジョーンズ』ばりに大活躍(ってほどでもないか)・・・というお話。とてもそうは見えないけれど、実はフリッツ・ラングによるスパイ活劇なのであった。『恐怖省』の異常神経ぶりは大分抑えられているけれど、要所要所にギョッとするような演出が見られる。女科学者が殺害される場面、主人公とナチ党員の無言の格闘場面、終盤の銃撃戦等、シャープな演出はさすが。黒沢清がエンターテインメントに振り切ったアクション映画を撮ったら、きっとこんな映像になるのだろうなと思ったりした。

(『外套と短剣』 CLOAK AND DAGGER 監督/フリッツ・ラング 脚本/アルバート・マルツ、リング・ラードナー・Jr 撮影/ソル・ポリト 音楽/マックス・スタイナー 出演/ゲイリー・クーパー、リリー・パルマー、ロバート・アルダ、ウラジミール・ソコロフ 1946年 106分 アメリカ)


フリッツ・ラング傑作選 外套と短剣 [DVD]

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マン・ハント』(フリッツ・ラング) 

 映画は主人公(ウォルター・ピジョン)がライフルの照準をヒトラーに合わせる衝撃的な場面から始まる。ゲシュタポに追われる身となった主人公が、ドイツ、ロンドンと逃げ回るお話で、ラングのタイトな演出が冴えわたるサスペンス・スリラーの傑作であった。『恐怖省』の悪夢的展開、『外套と短剣』のシャープなアクション演出、と両者の良い面が生かされているような感じで実に面白かった。やっぱりラング凄いわ。
 主演のウォルター・ピジョンクライヴ・オーウェンみたいな感じの押し付けがましくないタフ・ガイ。主人公を助けるジョーン・ベネットは『飾窓の女』『緋色の街/ スカーレット・ストリート』と続くラング作品の常連。本作では出番は少ないけれど薄幸な役柄で印象に残る。脇役では子役時代のロディ・マクドウォールの姿も。

 本作は1941年製作という時代を反映した反ナチのプロパガンダ映画として知られている。現在の目で見ると、ナチを悪役(誰しも認める悪役なのだ)にした映画は数限りなく作られているので、意外にすんなりと(フィクションとして)見ることが出来る。と思っていたら、終盤の怒涛の展開には度肝を抜かれた。本作が、実際進行中の世相を捉えた生々しい映画であることが伝わってくる。

(『マン・ハント』 MAN HUNT 監督/フリッツ・ラング 脚本/ ダドリー・ニコルズ 撮影/アーサー・C・ミラー 音楽/アルフレッド・ニューマン 出演/ウォルター・ピジョンジョーン・ベネット、ジョージ・サンダース、ジョン・キャラダインロディ・マクドウォール 1941年 106分 アメリカ)"


フリッツ・ラング傑作選 マンハント [DVD]

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アメリカン・ゲリラ・イン・フィリピン』(フリッツ・ラング) 

 フリッツ・ラングフィルモグラフィーを見ると『アメリカン・ゲリラ・イン・フィリピン』(1950年、未)という全く聞いたことも無い謎のタイトルがあって、ずっと気になっていた。それが本屋で¥1,800くらいで売っている戦争映画DVD10本セットの中に収録されているのを発見!慌てて購入した。第二次大戦中のフィリピンを舞台に、日本軍と抗日ゲリラの攻防を描く戦争映画。オールロケーション、しかも陽光さんさんと降り注ぐフィリピンの自然の中という、ラングらしからぬ映像の雰囲気に戸惑う。1950年という戦後間もない製作年度から生々しい感触が感じられるとはいえ、基本はいかにもアメリカ映画らしい楽天的な雰囲気の映画で、雇われ仕事として向きじゃないジャンルを撮らされたラングの苦労を感じさせる。

 日本軍が村人を集めスパイの女に抗日ゲリラを告発させる残酷なシーンは実にラングらしい場面であった。スパイの女は袋で顔を隠しゲリラを指差すのだが、『リング』にそっくりのショットがあったのを思い出してゾッとした。ドクトルマブセ大好きの高橋洋のことなので、きっと本作を見ていたに違いない。 

(『アメリカン・ゲリラ・イン・フィリピン』 AMERICAN GUERRILLA IN PHILLIPINES 監督/フリッツ・ラング 脚本/ラマー・トロッティ 撮影/ハリー・ジャクソン 音楽/シリル・モックリッジ 出演/タイロン・パワーミシュリーヌ・プレール、トム・イーウェル、ボブ・パッテン、トミー・クック、ジャック・イーラム、ロバート・バラット 1950年 106分 アメリカ)



 この項続く。