最近見た映画、またはだいぶ前に見たけど感想を書きそびれていた映画について、ここらでまとめて感想を書き記しておきます。今回はサスペンス映画編。
『深夜の告白』(ビリー・ワイルダー) 1944年
原作ジェームズ・M・ケイン、脚本にレイモンド・チャンドラーが参加しての悪女もの。このジャンルにおける定型を作り上げたフィルム・ノワールの古典的名作です。主人公の保険外交員(フレッド・マクマレイ)が、ほとんど何もしてないのに人妻(バーバラ・スタンウィック)に速攻で釣られてしまうので笑う。さすがビリー・ワイルダーなので語り口がスマートで、このお話にして下世話な雰囲気にならないのが良い。脇役のエドワード・G・ロビンソン(主人公の同僚役)の存在感が画面を引き締める。
『白い恐怖』(アルフレッド・ヒッチコック) 1945年
これは再見。サルバドール・ダリが美術に参加していることで知られる作品。精神分析がもの珍しかった時代なのか、説明場面やセリフが多くてあまり映画的でない印象。主人公の医師を演じるイングリット・バーグマンは周囲にセクハラ、パワハラされまくりの酷い扱いをされてました。怯えまくるバーグマンは美しいが、ヒッチ監督のサディスティックさばかり感じてしまい、見ていて落ち着かなかったなあ。ダリ作が担当した悪夢の場面は、面白いんだけどあまりにダリそのまんまで明らかに浮いていた。
『ブロンドの殺人者』(エドワード・ドミトリク) 1943年
レイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』映画化。探偵フィリップ・マーロウ演じるディック・パウエルがイモ臭くて残念だが、映画としてはノスタルジーに流れたディック・リチャーズ+ロバート・ミッチャム版よりはずっと良いと思った。マーロウが尋問を受けている冒頭から妙なムードが漂っている。
『暗い鏡』(ロバート・シオドマク) 1946年
オリヴィア・デ・ハヴィランド演じる双子が殺人の嫌疑をかけられるサイコサスペンス。ハヴィランドの演技、双子が同一画面に治まるショットの自然さには感心した。これはなかなか。脚本ナナリー・ジョンソン。
『その女を殺せ』(リチャード・フライシャー) 1952年
裁判の証人を護送する列車を舞台としたサスペンス。71分のタイトな作品で、見始めたらあっという間。張り巡らされた伏線、列車の車内を生かした登場人物の出し入れ、パンチの利いたアクション、とフライシャーの匠の技を堪能。クラシック映画のフィルターをかけなくても充分に面白い、評判通りの傑作であった。大満足。
『三階の見知らぬ男』(ボリス・イングスター) 1940年
上映時間64分の小品。主人公(殺人事件を追う新聞記者)の言動があまりにもバカっぽくて、ドイツ表現主義的に誇張された悪夢描写も相まって、ほとんどコメディのようだった。異常者を演じるのは『M』のピーター・ローレ。
『危険な場所で』(ニコラス・レイ) 1951年
主人公は言いようのない鬱屈と暴力衝動を抱えた刑事(ロバート・ライアン)。一聴してそれとわかるバーナード・ハーマンの緊張感を煽る音楽。全編に生々しい迫力があって見応えがある。主人公が盲目のヒロイン(アイダ・ルピノ!)に救われるラストはオールド・ハリウッド調のご都合主義ではあるが、あの終わり方じゃないと鑑賞後の後味がひどく悪かったと思う。
『ハイ・シェラ』等で知られる女優アイダ・ルピノ監督作。上映時間71分、メインキャラクターはほぼ3名だけという典型的なB級映画だが、緊張感漲る演出、ロケーションの見事さで実に面白かった。アイダ・ルピノは他にも多数監督作品があるそうで、当時珍しい女性のジャンル映画監督として興味深い。
『拳銃貸します』(フランク・タトル) 1942年
猫好きの殺し屋(アラン・ラッド)とヴェロニカ・レイク(マジシャンという意表突くキャラクター設定。歌う場面もあり)との交流。テンポよく楽しい映画で、満足。猫好きの孤独な殺し屋は、立ち振る舞いといいファッションといい後のジャン=ピエール・メルヴィル『サムライ』におけるアラン・ドロンの原型でしょうか。
『脱獄の掟』(アンソニー・マン) 1948年
脱獄囚の逃避行を描くサスペンス。これが脱獄囚ではなく、彼の情婦の視点で描いているのが面白い。本作はマン監督と名カメラマン、ジョン・オルトンとのコンビ作。登場人物がアップになるとソフトフォーカスがかかり、それどころか瞳がキラキラしているショットが何度か出てきて面白かった。
『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』(フェリックス・チョン) 2018年
贋作の腕を見込まれて紙幣偽造グループに加わった青年(アーロン・クォック)と、「画家」と名乗るグループのリーダー(チョウ・ユンファ)の対決を描くサスペンス。これは意外な拾い物で、二転三転する物語も面白かった。香港出身の大スター、チョウ・ユンファへのリスペクトもたっぷりと盛り込まれていて良かった。
『スパイの妻 劇場版』(黒沢清) 2020年
黒沢清監督のヴェネツィア映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞作。予想以上にメジャー感のある堂々たる仕上がりで、長年のファンとして感慨深いものがありました。ジャンルとしてミステリー、戦争よりも夫婦間の騙し合いに主眼が置かれていて、やがて「周囲の軋轢をものともせず己の信念を貫くため暴走する女性」というまるで増村保造+若尾文子コンビの諸作を思わせるような物語に発展してゆく。そこは黒沢清なので増村のような情念ドロドロな感じではなくてサッパリとスマートな描写ですが。ラスト15分くらいの展開はよくぞここまで描き切ったなという充足感がありました。主演の2人(蒼井優、高橋一生)はこの大フィクションを背負って大健闘。
(この項続く)