Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『王国(あるいはその家について)』(草野なつか)

 

 いつもなら家事で身動きが取れない土曜の午後、今週は珍しくフリーになったので、これは映画館に行くしかないと。デ・パルマ悪魔のシスター』再映が気になったが、何か新作を見ようと思い、昨年見逃して気になっていた草野なつか監督『王国(あるいはその家について)』鑑賞。ポレポレ東中野にて。ちょっと驚いたことに、ノースターのインディペンデント作品なのに若い観客でほぼ満席でしたよ。作品の高評価が伝わってるのかな。

 

 映画は親友の娘を殺した罪で収監中の女性が調書を確認する場面から始まる。女性が調書にサインすると画面は暗転、脚本を読み合わせする俳優たちのリハーサル場面へと展開する。出版社の仕事を休職し茨城県竜ケ崎市の実家に戻ったアキ、小学校時代からの親友ノドカ、その夫で中学校の美術教師ナオト。三人を演じる澁谷麻美、笠島智、足立智充がスタジオで脚本の読み合わせをする様子が延々と続く。というか、本作はほぼ全編、俳優たちがリハーサルしている映像で構成されている。ペースを捉え損ねると眠くなるかもしれない。実際、自分の両隣のお客さんは寝ちゃったみたいで、寝息と鼾が聞こえてた。自分は幸い上手くノレたので、ハラハラしながら見てた。一体この映画は何処に向かっているのか、何処に着地するのかと目が離せなかった。

 

 ある殺人事件の痛ましい経緯を辿るミステリー要素に加え、リハーサルを繰り返す俳優たちの姿を通して正に『王国』という作品が成立していく過程を凝視しようという150分。非常に挑発的かつ肝の座った作品で驚嘆した。

 

 この特異な実験作で凝視に耐えた主演の三人は素晴らしい。「王国」の概念を綴った手紙を読む澁谷麻美の真っ直ぐな声のトーン。夫の抑圧に耐える笠島智の目の下の微かな震え。足立智充が見事に体現するコントロール魔の男性像。

 

 時折シーンNo.と場所だけが読み上げられる台詞のないシーンがあり、何が映し出されることになるのか想像が膨らむ。また台詞を読む俳優のアップ、そのフレームの外ではどんな動きがあるのかとそんなことも想像した。時折微妙に不安定な構図があり、不穏な雰囲気を醸し出す。ふとミヒャエル・ハネケ『セブンス・コンチネント』を思い出したり。挿入される東関東の地方都市の外景ショットがもたらす寂寥感。誰もいない部屋を映し出すラストショットはアルトマン『わが心のジミー・ディーン』を想起。