Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ミュージック・オブ・チャンス』(フィリップ・ハース)

『ミュージック・オブ・チャンス』 THE MUSIC OF CHANCE


  監督/フィリップ・ハース
  脚本/フィリップ・ハース、ベリンダ・ハース
  原作/ポール・オースター
  撮影/ベルナール・ジツェルマン
  音楽/フィリップ・ジョンストン
  出演/ジェームズ・スペイダーマンディ・パティンキン、ジョエル・グレイ、チャールズ・ダーニング、M・エメット・ウォルシュ
  (1993年・103分・アメリカ)


 ポール・オースターの小説『偶然の音楽』の映画化作品『ミュージック・オブ・チャンス』(1993年)見る。日本劇場未公開のヴィデオスルー。原作を読んだことのある人は分かると思うけど、あの小説を映画化しようというのはなかなかチャレンジャーだなあと思う。原作が改変されてハリウッドライクな娯楽大作になっていた・・・なんてことはなくて、極めて原作に忠実な映画化となっている。オースター本人をチョイ役で引っぱり出すなど、作り手は原作に対して思い入れがあるのだろうなと思う。


 アメリカを車で旅するジム・ナッシュ(マンディ・パティンキン)は、ギャンブラーのジャック・ポッツィ(ジェームズ・スペイダー)と出会う。ジャックは二人組の富豪(チャールズ・ダーニング、ジョエル・グレイ)の元へポーカーの勝負に向かう途中だった。元手の無いジャックに、ジムは全財産を託して勝負に挑むのだったが・・・。


 転がり込んだ親の遺産を手にアメリカ中を車で一人旅していた男と、天才的なギャンブラーが出会う前半はロードムーヴィー風。大勝負に敗れ、富豪の屋敷に軟禁されて巨大な城壁作りをさせられる後半は不条理劇。前半後半がガラリと違ったタッチで展開する原作小説はとても面白い。映画版では主人公の背景を描く前半部分をかなり簡略化してしまったので、何故主人公が出会ったばかりのギャンブラーに大金をつぎ込んで無謀な賭けに挑むのかいまひとつ分かり難い。主人公のモノローグなど付けなかったのは良いとは思うが、映画全体の印象は余計に曖昧なものになってしまった。後半の城壁作りも、原作の印象に比べるといささかスケール感に乏しい。映画単体として見た場合にはそれほどインパクトがないんじゃないかと思う。


 演技陣はなかなかいいと思う。主人公を演じるマンディ・パティンキンの頑固そうな顔つき。油じみた長髪と胡散臭い口髭のジェームズ・スペイダーは何だかスティーヴ・ブシェミみたい。デブと痩せの富豪コンビはチャールズ・ダーニング(『シャーキーズ・マシーン』)とジョエル・グレイ(『レモ・第一の挑戦』のお師匠さん)。屋敷の使用人はM・エメット・ウォルシュ(『ブレードランナー』の上司ブライアン)。他には使用人の甥役でクリス・ペン。原作者のポール・オースターも重要な役どころでチョイ役出演している。主演のマンディ・パティンキンと並んでも遜色のないイイ顔をしてるんだよなあ。


 原作はオースターの定番として、終盤に突然暗転する。映画では前半を端折る代わりに、小説のラストシーンの先を描いており、一見ハッピーエンドのようにも見える。個人的には若干蛇足のように感じたがいかがなものか。田舎道を走る車の映像で始まり、田舎道を走り去る車の映像で終わるといういかにもアメリカ映画的な収まりの良さは獲得しているとは思うが。