Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『アマチュア・アカデミー AMATEUR ACADEMY』(ムーンライダーズ)


 RVC/DEAR HEARTレーベルに移籍したムーンライダーズ1984年8月にリリースした8枚目のアルバム『アマチュア・アカデミー AMATEUR ACADEMY』。個人的には、ライダーズの全アルバムの中でこれが一番好きだ。テクノ・フォークとでも呼ぶべき澄んだ音像がとにかくキモチいい。


 収録曲は、


 M-1.「Y.B.J.(YOUNG BLOOD JACK)」(作詞/鈴木博文 作曲/鈴木博文鈴木慶一岡田徹
 M-2.「30(30age)」(作詞・作曲/鈴木博文
 M-3.「G.o.a.P.(急いでピクニックへ行こう)」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-4.「B TO F(森へ帰ろう〜絶頂のコツ)」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木博文
 M-5.「S・E・X(個人調査)」(作詞・作曲/橿渕哲郎)
 M-6.「M.I.J.」(作詞/Diane Silverthorn 作曲/岡田徹
 M-7.「NO.OH」(作詞・作曲/白井良明
 M-8.「D/P(ダム/パール)」(作詞/橿渕哲郎 作曲/白井良明鈴木博文
 M-9.「BLDG(ジャックはビルを見つめて)」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-10.「B.B.L.B.(ベイビー・ボーイ、レディ・ボーイ)」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木慶一岡田徹
  (アナログ盤ではM-1〜5がSIDEA、M-6〜10がSIDEB)


 本作では初めてバンドとともに外部プロデューサー(宮田茂樹氏)がクレジットされている。宮田プロデューサーとメンバーの間で相当厳しい闘いがあったそうで、レコーディングは500時間に及んだという。宮田プロデューサーからは「ライダーズの楽曲は屈折し過ぎなので、まずはノーマルに作った上で屈折させるべきだ、その方が気持ち良く聴けるだろう」とアドバイスがあったのだという。言わんとすることは良く分かる気がする。


 ムーンライダーズの曲からはソウル・ミュージックの影響がほとんど見受けられない。お得意の男性コーラスにしても、山男の合唱隊みたいな朴訥な感じ(そこが可愛らしくていいんだけど)。外部プロデューサーが入った成果か、本作は珍しくドゥーアップ調のコーラスが入ったM-2や、ファンキーなM-6、M-7など、ソウルっぽい要素があって意外に新鮮だ。ソウルっぽいとは言ってもあんまりフィジカルな生々しさはなくて、とてもクールな感触だ。トッド・ラングレンやゴドレイ&クレームらのアプローチに近い感じ。


 歌詞の内容は、初期のフィクショナルな世界から、より等身大の世界へと変化している。とは言っても、極めて洗練された高度な詩作が達成されており、いわゆる私小説的な辛気臭さは皆無だ。ユーモアとエロティシズムが横溢するその独特な世界は聴き飽きることが無い。ちなみに、歌詞カードはジャック・ケルアックよろしく句読点の切れ間なくびっしりと打ち込まれている。


 アナーキーな歌詞と硬質のサウンドがせめぎ合うM-1「Y.B.J.」。30歳になる数分前から始まり、30歳になるまでをリアルタイムで歌ったM-2「30」。オレもあんな風に30歳になりたかったよ。エロティックな(性愛ソングと呼びたい)M-3「G.o.a.P.」、M-4「B TO F(森へ帰ろう〜絶頂のコツ)」、M-5「S・E・X」。ファンキーなM-6「M.I.J.」。良明氏によるM-7「NO.OH」は躁鬱病の歌。M-8「D/P」の美しさを何と表現しようか。M-9「BLDG」はまたしても自殺の歌。「チョークで描かれたジャックはビルを見つめて待ってる」って歌詞は凄過ぎる。ラストを飾るM-10「B.B.L.B.」は性倒錯(女装趣味)の歌。「ハピネスは辞書にも載ってる通りで幸せなんて人それぞれ・・・」


 このアルバムに関しては個人的なベスト・トラックも何もない。全ての曲が好きだ。歌詞も曲もアレンジも、アルファベット尽くしの曲名も、ライダーズを端的に言い表したアルバム・タイトルも、ジャケット・デザインも、歌詞カードも・・・。このアルバムはホントに隅から隅まで好きなんだよなあ。


 シングル・カットされたM-6「M.I.J.」は、資生堂のCMに使用された。後にピチカート・ファイヴに加入する野宮真貴がゲスト・ヴォーカルで、クールなラップを聴かせてくれる。B面の「GYM」(作詞・作曲/鈴木慶一)はアルバム未収録であったが、現在はリイシューされた『アマチュア・アカデミー』のボーナス・トラック、または2006年リリースのベスト盤『NEW DIRECTIONS OF MOONRIDERS VOL.1』等で聴く事が出来る。うっかりスポーツジムに入っちゃって四苦八苦する男を描いた抱腹絶倒の歌詞とクールなサウンドの組み合わせがとても面白い。


 本作の後、ムーンライダーズはDEAR HEARTが立ち上げた新しいレーベル(ミディ)と契約。しかし、アルバムをリリースすることなく離脱。CANYONに移籍する。