Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『A.O.R.』(ムーンライダーズ)


 東芝EMIから1992年9月にリリースされたアルバム『A.O.R.』。タイトルが意味深で様々な憶測を呼んだ。岡田徹白井良明両氏がプロデュースしたアルバムなので、Arrange by Okada and Ryomei ではないかという説も。


 収録曲は、


 M-1.「幸せの洪水の前で」(作詞/鈴木慶一 作曲/白井良明
 M-2.「ダイナマイトとクールガイ(アルバム・ミックス)」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-3.「シリコン・ボーイ(アルバム・ヴァージョン)」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-4.「さよならを手に」(作詞/鈴木慶一 作曲/岡田徹
 M-5.「現代の晩年」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木慶一岡田徹
 M-6.「WOO BABY」(作詞/鈴木慶一 作曲/かしぶち哲郎
 M-7.「ONE WAY TO THE HEAVEN」(作詞/武川雅寛白井良明鈴木慶一 作曲/武川雅寛白井良明
 M-8.「レンガの男」(作詞・作曲/鈴木博文
 M-9.「無職の男のホットドッグ」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-10.「月の爪」(作詞・作曲/鈴木博文


 さすがは売れっ子プロデューサー岡田・白井両氏らしいポップなサウンドで全編が統一されている。『青空百景』以来の聴き易さと言っていいだろう。前作『最後の晩餐 Christ, Who's gonna die first?』が凝りに凝った重いサウンドだっただけに、初め聴いた時は随分とあっさりしているな、という印象だった。いつものひねくれたアレンジではないのでちょっと面食らってしまったが、その分歌詞の切実さがストレートに伝わってくる感じだ。簡潔な言葉の中に、すべてが謳われている。男も女も、大人も子供も、昨日も明日も、生も死も、夢も絶望も、幻想もリアルな生活も。


 アルバムは荘重なM-1「幸せの洪水の前で」で幕を開ける。「幸せの洪水目の前にして 君と僕の未来はもう水の中沈んでく」「昨日よりは長く生きれない 溢れる幸せ待っても」・・・慶一氏の苦い詩が冴える。M-2はアルバムに先行してシングル・カットされた「ダイナマイトとクールガイ」。日活アクションみたいな威勢のいいタイトルとは裏腹に、未来が見えなくなって崩壊寸前のカップルのドライヴを描いた何とも切ない曲なのであった。「俺たちゃダイナマイトとクールガイだぜ」じゃなくて、「かつてダイナマイトとクールガイと呼ばれてた僕ら」だもんなあ。長い長い歌詞には映像的な仕掛けが施されていてとても面白い。M-3「シリコン・ボーイ」はこれぞムーンライダーズという感じのポップ・チューン。かつての「ヴィデオ・ボーイ」が今「シリコン・ボーイ」ってな感じの続編的趣向。ソフトなM-4「さよならを手に」、M-6「WOO BABY」、ハードなM-5「現代の晩年」M-9「無職の男のホットドッグ」と慶一氏の多彩な詩作を楽しめるアルバムである。武川氏による軽快なM-7「ONE WAY TO THE HEAVEN」はほのぼの路線・・・かと思いきや「天国までひとっ飛び」だもんなあ。これまた穏やかでは無い。


 博文氏作詞の2曲もいい。ポエトリー・リーディングから当時流行のハウス歌謡(のパロディにも聴こえる)に転調するM-8「レンガの男」。「限りなく夢に近づいて行く 日常に 首絞められて気持ちいい」というフレーズは効いた。M-10「月の爪」は個人的なベスト・トラック。冷え冷えとした雰囲気と詩が覚醒を促す。「胸の奥の白い空き地に 柵を立てて君を飼いたい 豚のように」。


 ちなみに「AOR」とはAdult Oriented Rockの略で、日本では"大人向けのロック"という意味合いで使われている。しかし「大人向けのロック」は一般的にAdult Contemporaryと呼ぶのが本当で、あまりAORって言い方はしないようだ。面白いことに、「AOR」とはAudio-Oriented Rock(音重視のロック)、Album-Oriented Rock(アルバム重視のロック)、といった言葉の略称でもあるという。ムーンライダーズは「音重視」かつ「アルバム重視」の活動を続ける「大人向け」のバンドであるからして正にAORなのかもしれない。


 本作リリース後NHKホールで行なわれたクリスマス・ライヴ(1992年12月)はLive Shower でオンエアされ、現在『SPACE SHOWER ARCHIVE ムーンライダーズ LIVE9212』としてDVD化されている。個人的には、初めて行ったライダーズのコンサートなので思い出深い。年明けのクラヴチッタも『ライブ帝国 ムーンライダーズ』としてDVD化されている。


 この後、ライダーズはベスト・アルバム『Best of MOONRIDERS 1982-1992 Keiichi Suzuki sings MOONRIDERS』をリリースして、東芝EMIから離脱。ファンハウスに移籍する。



A.O.R

A.O.R