Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『都市と都市』(チャイナ・ミエヴィル)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)


 チャイナ・ミエヴィルの新刊『都市と都市』(原題The City & the City)読む。冒頭の謝辞の中にレイモンド・チャンドラー(とカフカ)の名前が挙げられている通り、これはSFの趣向を凝らした異色のハードボイルド・ミステリーだ。期待に違わず読み応えのある一冊であった。


 欧州のふたつの都市国家「ベジェル」と「ウル・コーマ」は、互いに重なり合い複雑に入り組んだ領土を持っている。国民は隣国の人や建物を見てはいけないという教育を施されていて、掟を破ると<ブリーチ>と呼ばれる組織がどこからともなく現れ、厳しく処罰されてしまう。ある日「ベジェル」の公園で、考古学を学んでいた女子大生が死体で発見され、ティアドール・ボルル警部補が捜査を開始する。女子大生はベジェルとウル・コーマの間に存在すると伝えられる幻の都市オルツィニーについて研究していたという。やがて事件は両国を揺るがす大騒動へと発展してゆく・・・。


 最初は「互いに見えているのに見えていない二つの国」というややこしい設定を飲み込むのに若干時間がかかる。しかし、現実にも言葉や人種や宗教や階級制度で人や国の間に立ちはだかる見えない壁があることを思えば、あながち荒唐無稽な設定とも思われない。舞台をファンタジー空間や異星ではなく、現代の欧州に設定しているのにも作者の意図がありそうだ。二つの国を巡るややこしい設定も、一旦ルールを把握すれば独自の面白さが見えてくる。違法な越境をせず、いかに捜査を進めるのか、というのがサスペンスの肝となっているのだ。


 二つの国に翻弄される主人公が自己の存在に悩んだりすると難解なディック(カフカ)路線に展開しそうだが、そうはならない。矛盾に満ちた都市のシステムと闘いながら、主人公はひたすらに真犯人を追い続ける。そう、特異な設定ながら、『都市と都市』は全編これハードボイルド・ミステリーの王道を往く魅力に満ちているのだ。「ベジェル」のコルヴィ巡査と「ウル・コーマ」のダット刑事、それぞれの国で主人公と組む相棒が登場し、バディものの面白さもありだ。クライマックスでの国境を越えたチームプレイは盛り上がる。相棒との別れ、境界線上に立つ新たなヒーローの誕生を予感させるラストもいい。


 チャイナ・ミエヴィルは短編集『ジェイクをさがして』に続いて大当たり。今後も新作に期待したい。



ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)

ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)