Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『モンテ・ヘルマン語る 悪魔を憐れむ詩』

モンテ・ヘルマン語る---悪魔を憐れむ詩

モンテ・ヘルマン語る---悪魔を憐れむ詩


 『果てなき路』仙台公開を記念して、モンテ・ヘルマンのミニ特集を。まずは、今年初めに刊行されたヘルマンのロング・インタビューモンテ・ヘルマン語る 悪魔を憐れむ詩』について。ヘルマンのキャリアを振り返るロング・インタビュー、脚本の断片、作品のヒントとなった小説や詩の引用などが(ヘルマンの映画のごとく)いささかぶっきらぼうに並べられ構成されている。


 ヘルマンは早い・安い・面白いのロジャー・コーマン門下生の一人だ。ヘルマンは舞台演出家として活動していたところをロジャー・コーマンの目に止まり、スタッフとして参加することになった。監督デビューはコーマン製作による低予算のモンスター映画『魔の谷』(1959年)。明らかに異質な作風のせいかヒット作に恵まれず、同じコーマン門下生のコッポラ、スコセッシ、ジョナサン・デミらのようにメジャーフィールドで華やかな脚光を浴びる事はなかった。寡作で知られるが、それは本人の意図したところではあるまい。『果てなき路』(2010年)は、長編としては『ヘルブレイン 血塗られた頭脳』以来実に21年ぶりの新作となった。


 ヘルマンのフィルモグラフィーは、


 『魔の谷』 Beast from Haunted Cave(1959年)
 『バックドア・トゥ・ヘル 情報攻防戦』 Back Door to Hell(1964年)
 『フライト・トゥ・フューリー』 Flight to Fury (1964年)
 『旋風の中に馬を進めろ』 Ride in the Whirlwind (1966年)
 『銃撃』 The Shooting (1966年)
 『断絶』 Two-Lane Blacktop (1971年)
 『コックファイター』 Cockfighter (1974年)
 『チャイナ9、リバティ37』 China 9,Liberty 37 (1978年)
 『イグアナ 愛と野望の果て』 Iguana (1988年)
 『ヘルブレイン 血塗られた頭脳』 Silent Night, Deadly Night 3: Better Watch Out! (1989年)
 『スタンリーの恋人』 Stanley's Girlfriend (2006年) ※オムニバス『デス・ルーム』挿話
 『果てなき路』 Road to Nowhere (2010年)


 53年間の長いキャリアで、たったこれだけである。監督作品の他には、『アバランチエクスプレス』(マーク・ロブソン監督が急逝した為後を継いで完成させた)、『ロボコップ』(B班監督)、『荒野の用心棒』(TV放映版の撮り足し部分)、等々、裏方仕事を山のようにこなしている。


 上記のうち未見なのは、初期の『バックドア・トゥ・ヘル 情報攻防戦』『フライト・トゥ・フューリー』、80年代の『イグアナ 愛と野望の果て』『ヘルブレイン 血塗られた頭脳』の4本。『コックファイター』『チャイナ9、リバティ37』は輸入盤DVDで見た。


 ヘルマンが紹介される時には、必ずと言っていいほど「伝説の映画監督」という肩書が付く。それは何故か。本書を読むとその辺の事情が良く分かる。作風が難解だからか?存在が謎に包まれている(テレンス・マリックみたいに)とか?ヘルマンのコメントを拾い出してみると、


『魔の谷』『バックドア・トゥ・ヘル 情報攻防戦』:「二本立てプログラムの一本として公開された」
『フライト・トゥ・フューリー』:「たしか公開されなかったと思う」
『旋風の中に馬を進めろ』『銃撃』:「この二本はアメリカで劇場公開されなかった。映画館にかかるチャンスを得る前にテレビに売られてしまった」
『イグアナ』:「わたしの勘違いでなければ、どこでも劇場公開されなかった。あまり上映機会もなかった」
『スタンリーの恋人』を含むオムニバス・ホラー『デス・ルーム』:「DVD発売だけだ」


 ・・・とまあこんな具合。つまり、本国アメリカにおいて彼の作品をまともに劇場で見た人はほとんどいないのだ! 劇場公開に関してコメントのない『チャイナ9、リバティ37』『ヘルブレイン 血塗られた頭脳』にしても似たような状況だろう。唯一のメジャー(ユニバーサル)配給の『断絶』は、ほとんど宣伝もされずに公開されて興行的に惨敗。しかし根強いファンを持つ『断絶』は繰り返しリバイバルされてじわじわと人気が高まり、その他の作品はTVかレンタル店で心ある映画ファンに「発見」されたのだ。日本を始め海外でも評価が高まり、初のインタビュー本である本書はフランスの出版社カプリッチから出版されている。インタビュアーは作家主義を標榜した『カイエ・デュ・シネマ』の元編集長エマニュエル・ビュルドーだ。


 ヘルマンは本書でそんな自らの立ち位置について飄々と語っている。長いキャリアにおける様々な映画人との交流(ロジャー・コーマンから始まり、セルジオ・レオーネアラン・ロブ=グリエまで!)、映画化されずに終わった(または別の監督で映画化された)様々な企画、カメラ等機材に対する深い知識・・・。ファンにとっては興味の尽きない一冊である。最近の映画についてどう思うか聞かれ、評価している監督としてアルノー・デプレシャンやウェス&ポール・トーマスの両アンダーソンはともかく、台湾の異才ツァイ・ミンリャンの名前を挙げているのが意外だったなあ。ファンなんだって。部屋にポスターまで貼ってるらしいぞ。


 ヘルマンの演出は素っ気無く淡々としており、その作品は西部劇やロードムービーといったジャンルの純粋形態をさらけ出しているかのようだ。初期作品のジャック・ニコルソン、常連のウォーレン・オーツハリー・ディーン・スタントン、俳優としては素人のジェームズ・テイラー、デニス・ウィルソン、ローリー・バードら出演者の素の魅力を上手く引き出しているのもヘルマンの手腕だと思う。


 願わくば、準備中の新作として語られている『Love or Die』(主演はシャニン・ソサモン)が日の目を見ますように。日本でも公開されますように。