Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

部屋に入るまで気が抜けない

 残暑厳しく、湿気の多いこの時期は、帰宅途中に夜道で黒かったり茶色かったり大きかったり小さかったりする「奴ら」と遭遇する危険性が高い。マンションに帰ってからも、エントランスや廊下、エレベーターの中でも遭遇する可能性があるので要注意だ。部屋に入るまで気が抜けない。


 学生時代、東京に住んでいた時には、下町の安アパートだったせいもあって、何度も恐ろしい目に遭った。ある夜など、近所のアパートの壁から隣のアパートの壁へと列をなして移動する場面に遭遇して、あまりのショックに気が狂うかと思った。ホラー映画も怪談話も全然平気なのだが、虫だけは本当に苦手なのだ。特に「奴ら」が。何が嫌かって、人間とあまりに身体の構造が違い過ぎるその姿と、意志疎通が絶対に出来そうもないところだ。


 今夜もビクビクしながら帰ってきたら、マンションの入り口に虫が!と思ったら、「奴ら」ではなくて、気の毒なくらいやせ細ったオスのカマキリであった。ホッと胸を撫で下ろしつつ、もう秋なんだなあとちょっとしみじみしてしまった。





 虫と言えば思い出すのが、水戸に越した時のこと。残業して真夜中に帰宅したところ、玄関ドアの前に黒いものが!すわ「奴ら」かと緊張したが、良く見るとメスのカブトムシが裏返しになってもがいているのであった。その時、とっさに思ったのは「これは何かの警告なのではないか」ということだった。ブードゥーのニワトリみたいな。そんな時は普通「街中でカブトムシを見れるなんて、水戸は自然豊かないいところだなあ」とほのぼのすれば良いのであって、当時自分も忙し過ぎてちょっと頭がどうかしていたのだなあと思う。