Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『本で床は抜けるのか』(西牟田靖) 


 西牟田靖著『本で床は抜けるのか』(中央公論新社)読了。愛書家ならこのタイトルだけで買いだろう。一見マニアの生態を面白おかしく描いた本なのかと思いきや、さにあらず。タイトルに掲げた問題を突き詰めて調べてゆくという極めて真面目な、愛書家にとっては切実な内容の一冊であった。


 著者である西牟田靖氏は、仕事の資料として日々増えていく書物の量に「このままでは本の重さで床が抜けるのではないか」と不安に襲われる。ここからがジャーナリストを生業とする者の性で、「本当に床は抜けるのか」「どれくらいの重さまでなら耐えられるのか」「どのような置き方をすればよいのか」「本当に床が抜けた例はあるのか」「抜けたらどんな賠償を支払わなければいけないのか」等々、「床抜け」問題の解決策を求めて調査を進めていく。実際に床が抜けた人たち、一般的には考えられない量の書籍を溜め込んでいる愛書家、大量の書籍を残して亡くなった故人の遺族、漫画図書館の管理人、自炊(電子書籍化)代行業者・・・様々な人々へのインタビューから「床抜け」問題の実態が明らかになってゆく。


 本書の終盤では、著者自らが「床抜け」問題を強制的に解決せざるを得なくなった顛末が語られている。仕事場として借りている部屋に置ききれなくなって自宅を侵食し始めた書物(もちろんそれだけが原因ではないだろうから、そういった書物の存在に象徴される何か)にストレスを募らせた奥様から離婚を申し渡されてしまうのである。著者は仕事場兼居住スペースを新たに借りざるを得ず、その際には取材の知識を生かした部屋の選択と強度を保つ書物の配置を工夫、さらには一部を電子化することで「床抜け」問題の危機を切り抜けるのだった。妻子が自宅を去るまでの描写は生々しく、たいそう身につまされるものであった。娘の絵本を処分する場面など「本を捨てるのに抵抗を覚えるのは何故なんだろう」という非常に分かりやすい一例を見たような気がする。書物は単なるデータではなく手にとって触れることの出来るモノであるが故に特別なのだな、と。


 『本で床は抜けるのか』は、自分の書物に対する考えやこれまでの経験に思いを巡らせながら、興味深く拝読した。面白かったなあ。愛書家は必読の1冊。