Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『J・G・バラードの千年王国ユーザーズガイド』 

J・G・バラードの千年王国ユーザーズガイド

J・G・バラードの千年王国ユーザーズガイド


 例のニューウェーヴ宣言が読みたくなって、『J・G・バラード千年王国ユーザーズガイド』A User's Guide to the Millennium(1996年)を久しぶりに再読。曰く、真のSF小説は外宇宙にあるのではなく、「記憶を失った男が浜辺に横たわり、錆びた自転車の車輪を見つめ、その車輪と自分との関係のなかにある絶対的本質をつかもうとする、そんな物語になるはずだ」。バラードの小説群は正にその宣言を具現化したものばかりと言っても差し支えなかろう。 


 本書はバラードの書評や映画評、エッセイなどをまとめた一冊で、テーマはSFに留まらず映画、アート、科学等々多岐に渡っている。本書に収録されている文章は60年代から90年代の長きに渡って書かれたものだが、少年時代の記憶、自動車、飛行機、シュールリアリズムへの興味(作家ではバロウズ、美術ではウォーホル、ダリ)、ハリウッド・ゴシップ、殺人や暴力、すなわちバラードの小説の世界観や興味の方向性とまるでぶれていないように思う。故にファンには興味の尽きない一冊である。「スペースコロニーで発狂した妻の日記」という一文などタイトルからして最高ではないか。


 本書には戦時中に上海で過ごした少年時代を描く『太陽の帝国』や作家として成功してから上海を再訪する『女たちのやさしさ』の素案のような「自伝」も収録されている。遺作となった自伝『人生の奇跡』(2008年)を読むと、多感な少年時代を過ごした上海での体験がその後のバラードの世界観(及び小説世界)を決定づけていることが良く理解出来た。本書に収録された文章にも(「自伝」と題された2つの章だけでなく)、そこかしこに少年時代の強烈な体験の残響が聞き取れる。


 映画についての文章は、割に素朴というかそんなにマニアックではない。面白かったのは『スターウォーズ』についての文章で、バラードは作品そのものではなく技術的な面を評価している。宇宙船やロボットの「汚し」をして「テクノロジーの衰退を表現できるようになった」と記しているのが面白い。