Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?』(サイモン・ブラウンド編)

 

 

 『幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?』読了。未完成に終わった映画の顛末が、関係者の発言、スチール、脚本の抜粋などを交えて紹介されています。チャールズ・チャップリン、オーソン・ウエルズ、スタンリー・キューブリックセルジオ・レオーネアルフレッド・ヒッチコックフェデリコ・フェリーニテリー・ギリアムスティーヴン・スピルバーグデヴィッド・リンチ等々・・・錚々たる名匠・巨匠の未完成作品が並んでいます。キューブリックの『ナポレオン』やホドロフスキーの『デューン砂の惑星』、リンチの『ロニー・ロケット』、ラス・メイヤーの『誰がバンビを殺したか?』(主演セックス・ピストルズ)といった有名な未完成企画だけでなく、初めて知る企画もたくさんあって興味深い一冊でした。

 

 完成に至らなかった理由は様々で、企画そのものが通らなかったり、撮影中何らかの理由(監督とプロデューサーの確執、予算超過、主演スターや監督が死亡等)で中断を余儀なくされたり、撮影は終了したものの公開されずに封印されてしまったり・・・。

 

 キューブリック(『ナポレオン』「アーリアン・ペーパーズ』」、ヒッチコック(『判事に保釈なし』『カレイドスコープ』)、リドリー・スコット(『ホットゾーン』『グラディエーター2』)、セルジオ・レオーネ(『レニングラードの900日』『風と共に去りぬ』リメイク)、テリー・ギリアム(『不完全な探偵』『ドン・キホーテを殺した男』』など、複数作品で登場する監督もいます。その最たるものがオーソン・ウエルズで『ドン・キホーテ』『ヴェニスの商人』『ザ・ディープ』『ゆりかごは揺れる』『イッツ・オール・トゥルー』『風の向こうへ』と6作品も紹介されています。実際のところ、ウエルズに関しては6作品どころかまだまだたくさんの未完成企画があったのだろうなと容易に想像できます。

 

 名作『カサブランカ』や『グラディエーター』の続編といういかにもハリウッド的な企画も。『グラディエーター』続編はそもそも主人公がオリジナル版の最後に死んでいるので、企画そのものに無理があり迷走、草稿の一つをニック・ケイヴが書いたというので驚きました。ニック・ケイヴの案はグラディエーターの戦いが神の戦いに発展するというスケールの大きいものだったそうです。

 

 そもそもこれは実現無理でしょと突っ込みたくなるのは、ホドロフスキーの『デューン砂の惑星』。顛末はドキュメンタリー映画ホドロフスキーのDUNE』でも語られていましたが、豪華絢爛たるヴィジョン、奇抜なキャスティングは実現したら素晴らしいとは思いつつ、やっぱりまとめるのは無理だろうなと。また、セルジオ・レオーネの戦争映画『レニングラードの900日』もスケールがデカすぎてこんなの無理だよと突っ込みたくなります。今ならCGで映像化は可能かもしれませんが、セルジオ・レオーネとCGという組み合わせも異質過ぎてあんまり想像できません。

 

 監督サルバドール・ダリ+主演マルクス兄弟という『馬の背に乗るキリンサラダ』も別な意味で無理だなあと。脚本の抜粋を見ても、ダリのシュールな絵の中にマルクス兄弟が紛れ込んだような感じで、どんなお話なのかさっぱり理解不可能。企画が上手くいかなかったのは、マルクス兄弟の芸風をシュールと捉えて共感していたダリと、撹乱する現実があっての俺たちなんだよと自分たちの芸に自覚的なマルクス兄弟が相容れなかったというあたりが面白い。このページにはダリが描いたハーポ・マルクスというレアなイラストが掲載されていて、これがとても可愛い。

 

 ロベール・ブレッソンの『創世記』は、イタリアの大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスのもとでノアの箱舟を描く大作。チネチッタに様々な動物が運び込まれて撮影が開始されたが、ラッシュには「様々な動物たちの足跡しか映っていなかった」というエピソードには笑った。そもそもブレッソンの作風からして、ラウレンティスの期待するような意味での大衆向けスペクタクル映画などどう考えても水と油ではないか。監督の起用からして無茶としか言いようがないですね。この企画は、回りまわって後にジョン・ヒューストンが監督した『天地創造』として完成し、大ヒットします。

 

 本書が刊行された後、映画化が実現した企画もあります。監督が執念で完成までこぎ着けた作品(『ドン・キホーテを殺した男』公開題『テリー・ギリアムドン・キホーテ』など)、また監督や出演者を変えて映画化された作品(『ワンダー・ウーマン』『シカゴ7裁判』『ジェミニマン』など)、また監督の死後に残された素材を編集して公開された作品(エイジェンシュテイン『メキシコ万歳』、オーソン・ウエルズ『風の向こうへ』ほか)、未完成に終わった経緯をメイキングとして公開した作品も(『ホドロフスキーのDUNE』、『ロスト・イン・ラマンチャ』ほか)・・・。

 

 個人的にこれはぜひ見たかったなという企画は、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー『地獄』(主演ロミー・シュナイダー)、ビリー・ワイルダー『国連の一日』(主演マルクス兄弟)、ジョー・カーナハン『ホワイトジャズ』(原作ジェイムズ・エルロイ、主演ジョージ・クルーニー)、ルイ・マル『マイアミの月』(主演ジョン・ベルーシダン・エイクロイド)あたり。怖いもの見たさという意味では、ジェリー・ルイス監督・主演のお蔵入りとなった『道化師が泣いた夜』(ロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』に酷似したホロコーストもの)。

 

 本書では各作品のイメージポスターが収録されているのも見どころ。このポスターと、監督の作風、予定されていた出演者から幻の作品をあれこれ想像するのは映画マニアならではの楽しみです。楽しい、って言っちゃ関係者に失礼かもしれませんが。