Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『福田村事件』(森達也)

 

 森達也監督『福田村事件』鑑賞。オウム真理教を追った『A』等ドキュメンタリー作品で知られる森監督初の劇映画。関東大震災の混乱の中、福田村で発生した虐殺事件の顛末を描くヘヴィな作品。

 

 正直、見る前は薄っぺらい映像になってるのではと危惧していたが、ちゃんと映画らしい画面で安心した。内容も単細胞な告発に終わらず、村人の生活感、旅の行商人一行の人間模様、様々な差別の様相を描いた重層的なドラマになっていた。失礼ながら予想より遥かにちゃんと「映画」になっていた。何より今撮られなくてはならないという必然性が燃え盛っていた。バイオレンス描写も容赦なく。

 

 本作は作り手の意図は明快、演出力も感じられるし、大変な力作だと思う。映画としては、移動手段であり、はぐれ者の逢瀬の場であり、悲劇の引き鉄でもある利根川渡し船、あれをもう少し映像として魅力的に描けていたらなあとは思う。俳優たちのアンサンブルはとても良かった。中でも東出昌大水道橋博士は出色の面白さだった。

 

 本作をしてもし若松孝二だったら、もし今村昌平だったら、いや深作だったら中島貞夫だったらと想像してしまうところはある。ラルフ・ネルソンソルジャー・ブルー』でもいいが、タブーに触れるような題材をぬけぬけと娯楽映画に仕立ててしまう図太さには欠けていたように思う。その節度が好ましくもあり、逆にもっと笑いも性も暴力も見せるべきだとも思い、悩ましかった。これはやっぱり劇映画なので。

 

 音楽は鈴木慶一。慶一さんの映画音楽仕事を見ると、毎回監督の意向に沿って丁寧にコーディネートされている印象で、ほとんど音響効果に近いくらい控え目なケースも多い。本作の音楽はいつになく自己主張が激しく、メロディが前面に出ていてとても良かった。