Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』 (ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)

 

 70年代にニュー・ジャーマン・シネマの波で台頭した監督たちの中でも突出した個性とカリスマ的人気を誇るライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。なかなか鑑賞するタイミングが合わず、これまで『ケレル』と『あやつり糸の世界』を途中まで見ただけだった。早稲田松竹で上映が始まったので仕事明けに見に行った。

 

 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』 (1972年)鑑賞。高名なファッションデザイナーのペトラと若い愛人カーリン。2人の女の愛憎を描くメロドラマ。粗筋を読んでもっとラフで生々しい映画を予想していたので、ガッチリ作り込んだ映像には面食らった。

 

 原作はファスビンダーによる戯曲との事で、舞台は主人公ペトラのアパルトマンに限定されている。凝った照明効果とカメラワーク(撮影は後にスコセッシ作品を手掛けるミヒャエル・バルハウス)、鏡を巧みに使用した演出が面白い効果を上げていた。

 

 若いカーリンを気に入ったペトラは部屋に招き入れる。誘いに乗ったカーリンがペトラを再訪する場面の派手なファッションと噛み合わない会話。同棲を始めた後の力関係の逆転。カーリンはペトラにつれない態度を取り、すがるペトラを冷たくあしらう。カーリンが去り、誕生日に錯乱するペトラの哀れ(八つ当たりされる娘はもっと気の毒)。女性しか登場しない愛憎の世界を緻密な映像設計と大胆なファッション、存在感たっぷりの俳優たちの名演で見せる興味深い作品で見応えがあった。でも自分が好きになるポイントはあんまり無いかな…と思ったら、ラストシーン。

 

 劇中、ペトラからこき使われていた助手マレーネが意を決し荷造りを始める。ここの演出が超クール!荷物の中には拳銃があったりして。ドロドロしたドラマを乗り越える妙な爽快感があった。このラストシーン故に忘れられない映画となった。他のファスビンダー作品もチェックしていきたい。

 

 『ケレル』も機会があったら見直したいな。ファスビンダーの遺作『ケレル』は港町の演劇的なセットと常に夕陽に照らされたようなライティングという人工的な映像の中で、男同士の愛と裏切りのドラマを描いていた。ファスビンダーの筆致は、確かに『ペトラ』と相通じるものがあるなと。当時は人工的な映像と男色描写に若干退いてしまったが、今ならもっと楽しめると思う。

 

 

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