Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ファースト・カウ』(ケリー・ライカート)

 

 2024年劇場鑑賞一本目、ケリー・ライカート監督『ファースト・カウ』。イオンシネマ市川妙典にて。ライカート作品を見るのは初めて。本作は2019年作の長編7作目とのこと。

 

 ライカートの作風は知らず、本作も牛が出てくるくらいしか予備知識なく見たので、かなり驚いた。西部劇、しかも全く意外な物語だったので、こんな切り口の西部劇があったかと。着眼点と丹念な演出には感心しきり。

 

 主人公は流れ者の料理人クッキーと中国人移民キング・ルーの二人。村に初めての牛がやって来た事から、二人はドーナツ作りで一儲けすることを画策する。夜な夜な牧草地に侵入し、仲買人が飼う牛からドーナツの材料となるミルクを盗み出すのだ。彼らはこれまでの西部劇なら主役になることなど無かっただろう。本作は開拓地の片隅で肩を寄せ合うようにして生きる二人にフォーカスし、彼らのささやかな成功と挫折を映し出す。

 

 本作の主人公たちは銃を撃たない。代わりに料理をして市場で売りさばく。マッチョな輩からは逃げ回る。荒くれ者やガンマンが主役ではない西部劇と言えば、アルトマン『ギャンブラー』を思い出す。本作も『ギャンブラー』同様、西部劇の生活感描写に一石を投じる意欲作だった。

 

 冒頭と見事に連動した幕切れが実に鮮やかだった。あれは泣く。とても良かったので、他のライカート作品もチェックしたい。