Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『バスター・キートン自伝 わが素晴らしきドタバタ喜劇の世界』

バスター・キートン自伝―わが素晴らしきドタバタ喜劇の世界 (リュミエール叢書)


 バスター・キートン自伝 わが素晴らしきドタバタ喜劇の世界』筑摩書房藤原敏史訳)読む。バスター・キートンは、チャーリー・チャップリンハロルド・ロイドと並び、「三大喜劇王」と称される伝説の喜劇俳優だ。


 キートンの映画を初めて見たのはかれこれ25年近く前、池袋の小劇場(映画館ではなくて、イベントスペースみたいなところだったと記憶する)だった。2日連続でキートンの短編・長編が上映され、特に『キートンの探偵学入門(忍術キートン)』(1924年)と『キートンのセブン・チャンス(キートンの栃麺棒)』(1925年)の衝撃は大きかった。


 キートンと言えば、無表情と身体を張ったアクションが特徴。何があっても一切表情を崩さず、超絶的なアクションを披露する姿が爆笑と感動を呼ぶ。キートンの正統の後継者たるジャッキー・チェンは喜怒哀楽を前面に出して非常に表情豊かだ。豊かな感情表現でアクションを体感出来るようにし、観客に痛快感を与えるジャッキーは「アクション俳優」。一方、表情を殺してアクションを客観視出来るようにし、観客に笑いをもたらすキートンは「喜劇俳優」。という感じであろうか。


 キートンの両親は舞台芸人で、家族ぐるみでヴォードヴィルの巡業を続けていた。キートンの初舞台は1899年、まだ4歳の頃であったという。父親が幼いキートンを逆さに持ち上げて振り回したり、壁に投げつけたりする荒っぽいギャグ(なのか?)を売り物に人気を博したという。自伝の前半は舞台時代のエピソードがユーモラスに綴られている。巡業中続けざまにホテル火災や列車事故に遭ったエピソードなど、悲惨な出来事のはずなのに、キートンの語り口では困難が次々襲い来る彼の映画のごとき抱腹絶倒の見せ場になっている。


 幼少時代のエピソードには、芸名の由来も描かれている。階段から落ちた幼いキートンが平然としていたのを見た奇術師のフーディーニが「My, What a Buster!(おやおや、なんて頑丈な坊主だ!)」と言ったことから「バスター・キートン」という芸名が生まれたのだという。


 舞台でそれなりの成功を納めていたキートン一家であったが、映画に興味を持っていたキートンはやがて単身ニューヨークへ渡る。当時大人気だったデブ君(ロスコー・アーバックル)の誘いを受け、『ファッティーキートンのおかしな肉屋』(1917年)の脇役で映画デビューを果たした。アーバックル作品に脇役出演を続けながら映画の手法を学び、1920年代に入りひとり立ち。人気スターへの道を歩んでいく。


 キートンの師匠であるアーバックルは、1921年に強姦殺人容疑で起訴されるというスキャンダルに巻き込まれる。実際には無罪であったが、喜劇俳優としては決定的なダメージを被り、事実上映画界から追放されてしまう。キートンは師匠アーバックルに対する尊敬の念を持ち続け、自作の『探偵学入門』で監督を依頼したり、アーバックルの復帰に際して「ウィル・グッドリッチ」という別名を考案したりしている。本書の中でもアーバックルの無罪を強く訴えるなど、師匠に対する献身ぶりが感動的だ。


 1920年代後半、自身の撮影所を手放してMGMと契約したキートンは、次第に大手映画会社の煩雑な製作システムに対応出来なくなってゆく。本格化したサイレントからトーキーへの移行にキートンのスタイルが合わないという難点もあったのだろう。次第に酒量が増えたキートンアルコール依存症になり、私生活では離婚、破産と苦しい状況に陥ってゆく。


 晩年のキートンは『サンセット大通り』『ライムライト』『ローマで起こった奇妙な出来事』といった映画へのゲスト出演くらいしか知らなかった。本書では1930年代から晩年に至る期間の仕事ぶりを知ることができて興味深かった。俳優、監督、ギャグの創作や指導などを通して長短様々な喜劇映画へ参加しているのであった。一般にキートンの後半生は「トーキーに乗り遅れアル中でハリウッドの一線を退いた往年の喜劇俳優」といったイメージであるが、決してそれだけではなかったのだ。曰く「アッパーカットだらけの人生」を、自ら演じた役柄のごとく真っ正直に乗り切っていたのである。


 さておき、キートンの映画を見た事のない方はすぐにでもレンタル屋に駆けつけるようお薦めしておく。どれか1本をと言うならば、『キートンのセブン・チャンス』を。個人的には『セブン・チャンス』と、『キートンの探偵学入門』、『キートンの船長(キートンの蒸気船)』(1928年)が特にお気に入り。『キートン将軍(キートンの大列車追跡)』(1927年)も面白いよ。


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