Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ジミー・ザ・キッド』(ドナルド・E・ウェストレイク)

ジミー・ザ・キッド (角川文庫)

ジミー・ザ・キッド (角川文庫)


 ドナルド・E・ウェストレイク『ジミー・ザ・キッド』 Jimmy the Kid (1974年)読了。不運な泥棒ジョン・ドートマンダーを主人公とするシリーズの第3作。天才的な犯罪プランナー、ジョン・ドートマンダーとその一味が困難な獲物に挑戦、あの手この手の大胆な強奪計画でまんまと獲物を盗み出した!と思いきや、不運に見舞われて水の泡に・・・と毎回このパターンで笑わせてくれます。相棒のケルプ、運転担当のマーチ、同居人メイらレギュラー陣も魅力的。1970年の第1作『ホット・ロック』以来、35年に渡る息の長い人気シリーズとなりました。


 今回ケルプが持ち込んできた仕事は、何と誘拐。ドートマンダーと同居人メイは即座に断りますが、ケルプはお手本があるから大丈夫だと言います。お手本としてケルプが取り出したのは、リチャード・スターク作『悪党パーカー/誘拐』という犯罪小説でした。ケルプは、いつも仕事を成功させて、しかも警察に捕まらない悪党パーカーを真似れば、絶対に上手くいくと力説しますが・・・。


 リチャード・スタークとはウェストレイクの別名。悪党パーカーといえばスターク原作の人気シリーズ。そう、ウェストレイク/泥棒ドートマンダーとスターク/悪党パーカーが意外な形で共演する、とんでもない楽屋オチ企画なのです。劇中劇として描かれるパーカー一味の手際良さと、それを再現しようと悪戦苦闘するドートマンダー一味の間抜けぶりが対比され笑いを誘います。ドートマンダーは「プランナー」なので、他人の筋書きに沿った仕事なんてしたくない。ケルプに小説の感想を聞かれて、「文体が気に入らない」と不機嫌に答えるのが笑えます。ちなみに悪党パーカー・シリーズに『誘拐』というエピソードはありません。


 ドートマンダーは仲間たちに説得されてしぶしぶ仕事を引き受けますが、誘拐の標的となったジミー少年は高い知能指数を持つ天才少年でありました。ジミー少年には間抜けな大人たちの考えることなんてすべてお見通し。閉じ込められた部屋をあっさり脱出してみせたりして、ドートマンダー一味を振り回します。天才少年とアホだけど人間臭い魅力たっぷりのドートマンダー一味の交流が面白おかしく描かれます。皆で深夜TVの怪奇映画を見るところは名場面です。映画ネタではハワード・ホークス/クリスチャン・ネイビー監督の『遊星よりの物体X』も出てきますよ。『ザ・シング』という表記だけど。オチも映画がらみ。最後までニヤリとさせてくれます。


 誘拐事件の顛末を描くウェストレイクのスラップスティックな筆致は絶好調。特に、身代金受け渡しのドタバタには爆笑しました。奇抜なシチュエーションの連打にも驚かされますが、やっぱり登場するキャラクターたちが隅々まで生き生きと描かれているのがこのシリーズ最大の魅力ですね。