Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

読書記録その2

 昨日の続きです。最近読んだ書籍、または大分前に読んだけど感想を書きそびれていた書籍について、ここらでまとめて感想を書き記しておきます。


『見知らぬ乗客』(パトリシア・ハイスミス) 

 元祖イヤミスの女王パトリシア・ハイスミスの長編デビュー作『見知らぬ乗客』Strangers on a Train(1950年)。ヒッチコックの映画化作品(1951年)も有名だ。ハイスミスは大好きなのに実は今回が初見で、今まで何度もトライしていたのだが、何か心底いやーな感じがしていつも途中で頓挫していたのだった。『見知らぬ乗客』は後期の研ぎ澄まされた悪意が横溢する作品群に比べると、純粋にミステリーとしての面白さ(列車で出会った二人の男が交換殺人をするというアイデア)で最後まで読ませる。そして二人の男のヒリヒリするような心理戦の上手さはデビュー作から既にハイスミスハイスミスだったのだと驚くばかりであった。


見知らぬ乗客 [Blu-ray]

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『カクテル・ウェイトレス』(ジェームズ・M・ケイン)  

 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で知られるミステリー作家ケインの遺作『カクテル・ウェイトレス』The Cocktail Waitress(1975年)。解説によると原稿は死後に発見されたもので、何度も何度も推敲が重ねられていたという。内容は典型的な「悪女もの」。ノワールの定石なら悪女に翻弄される男の側から描かれるところだが、本作は悪女当人の「主観」で描いているのがミソ。そのまま読むと、次々事件に巻き込まれる不運な女性の独白にも読めるという。もちろん額面どおりには受け取れないひねりが随所に仕掛けてあって面白かった。ヒロインの周りに集まる下衆な男たちの描き方などさすがに年季の入った観察眼を感じさせる。


カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)



『荒涼の町』(ジム・トンプスン) 

 近年目覚しく再評価が進む偉大なノワール作家ジム・トンプスン。『荒涼の町』Wild Town(1957年)は(トンプスンにしては)比較的ストレートなミステリーに仕上がっている。不運な主人公が事件に巻き込まれ、探偵の謎解きがあって、意外な犯人がいて・・・という。人物の造型や話の進み方や舞台装置など、いろんな要素はいかにもトンプスンぽいが、微妙にずれている。というか、マトモなのがまた面白い。『おれの中の殺し屋』の主人公ルー・フォード保安官が再登場するので、セットで読むと面白さも倍増だ。テキサス州西部にある油田の町が舞台になっていて、リアルな描写にはトンプスンの経験も反映しているのだろう。しばらくチェックを怠っていたら、文遊社から『殺意』『天国の南』『犯罪者』『ドクター・マーフィー』と続々翻訳が出ているのだった。こちらも近日中にチェックしたい。


荒涼の町 (扶桑社ミステリー)

荒涼の町 (扶桑社ミステリー)



『天から降ってきた泥棒』(ドナルド・E・ウェストレイク) 

 不運な泥棒ジョン・ドートマンダーを主人公とする人気シリーズの第6作目『天から降ってきた泥棒』Good Behavior(1985年)。特にコメディ色が強い印象で、逃亡する最中に修道院の屋根にぶら下がったドートマンダーを見て落尼さんがジェスチャーゲーム始めるファーストアクションから絶好調。「おいおい、侮辱することはないだろう」「チクっとしないかい」「ボトムレスでした」なんて迷場面・迷台詞が満載で何度も爆笑した。後半、休日のビルに潜入してからのサスペンス&アクションも痛快で、シリーズでも屈指の面白さではないか?


天から降ってきた泥棒―ドートマンダー・シリーズ (ハヤカワ文庫―ミステリアス・プレス文庫)

天から降ってきた泥棒―ドートマンダー・シリーズ (ハヤカワ文庫―ミステリアス・プレス文庫)



『骨まで盗んで』(ドナルド・E・ウェストレイク) 

 泥棒ドートマンダー・シリーズ8作目『骨まで盗んで』Don't Ask(1993年)。国連の議席をかけて争う東ヨーロッパの二国。伝説の聖人の骨をライバル国の大使館から盗み出してほしい、という依頼を受けたドートマンダー一味が巻き起こす大騒動を描く。今回はドートマンダーの仲間タイニーから持ちかけられた仕事で、盗む対象はタイニーの祖国に伝わる聖人伝説の骨というもの。これは10作目の『バッド・ニュース』と良く似た印象で、ドートマンダーとその一味が狙うには少々イメージが違うような気もする。さておき、大使館とホテル王にハメられて投獄されたドートマンダーの脱走劇、後半の逆転劇には一味のしたたかさがちゃんと描かれていて爽快であった。(シリーズ前半の作品群では彼らの間抜けぶりばかり描かれていて、プロフェッショナルな部分が見えにくかった)ファースト・アクションである冷凍魚満載のトラック強奪騒動が、エピローグで見事に生かされていて唸った。

 巻頭には映画化された作品でドートマンダーを演じた俳優たちに献辞が捧げられている。原作を読んでしまうと、どの名前も全くイメージに合わない。ウェストレイク自身が述べている通り、やはりドートマンダーのくたびれた感じはハリー・ディーン・スタントンなんだなあと思う。今映画化するとすれば誰なんだろう。 


ホット・ロック (角川文庫)

ホット・ロック (角川文庫)


 この項続く。