Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集』(ダフネ・デュ・モーリア)


 ニコラス・ローグ監督の『赤い影』は見直す度に好きになる不思議な映画で、今やマイ・フェイバリットの1本です。原作は『レベッカ』『鳥』のダフネ・デュ・モーリアの短編と知って、是非読みたいと探していました。市内の図書館で検索してみると、閉架書庫にあるとのことで、早速出してもらいました。ところが、出てきたのは件の短編1本だけが収録された薄っぺらい書物で、しかも原語版。それに日本語の解説と脚注がついているという大学のテキストみたいな謎の一冊でありました。ホントにどこかの大学のテキストだったのかもしれません。『赤い影』といえばショッキングなラストが有名ですが、原作はどうなっているのか気になっていたので、そこだけ目を通してみました。おお、これは・・・。自分の拙い英語力でもどうやら映画と同じらしいことが分かりました。さておき、きちんとした形で読みたいと熱望していたところ、創元から唐突に短編集『いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集』が出ました。


 収録作品は全5編。表題作『いま見てはいけない』(『赤い影』原作)の他、父親が死に際に浮かべた不可解な表情の謎を解く為にアイルランドの旧友を訪ねたヒロインが、隠された真実を知る『ボーダーライン』、エルサレムのツアーで急に引率役の代役を頼まれた若い司祭とツアーの一行の人間模様を描く『十字架の道』、趣味の絵を描くために休暇でギリシャクレタ島を訪れた主人公が怪しい夫婦に翻弄される『真夜中になる前に』、発達障害の女児を媒介にして、人間の生命エネルギーをコンピューターに取り込もうとする研究者グループを描く『第六の力』。ファンタジー、サスペンス、メロドラマ、SFとそれぞれテイストは違えど、異国を訪れた登場人物が意外なものに出会い、自らの人生と向き合うというパターンは共通しています。以前読んだ『鳥−デュ・モーリア傑作集』もバラエティに富んだ作品集で良かったですが、今回もまた外れなしの面白い作品集でした。


 今回『いま見てはいけない』を読んでみて、『赤い影』がいかに忠実な映画化であったか知って感動しました。ストーリーはもちろんのこと、細部に到るムードを忠実に再現し、夫婦の心理を巧みに捉え、さらにニコラス・ローグお得意の編集技(フラッシュバック、フラッシュフォワード)も効果的で、原作を完璧に映像化しているのでありました。ドナルド・サザーランドジュリー・クリスティの名演、ピノ・ドナジオの名曲も忘れられません。単なる絵解きに終わらず、より深みのある映画に仕上がっていたと思います。あのショッキングなラストも同じなんですが、原作の方がより悲痛な印象です。読むことが出来て本当に良かった。


鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)