Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ルーティーン 篠田節子SF短篇ベスト』

 ハヤカワ文庫『ルーティーン 篠田節子SF短篇ベスト』)。「SF短編ベスト」と題されていますが、収録された10篇のジャンルは多岐に渡っています。単純にSFと括って違和感無いのは『小羊』『世紀頭の病』『人格再編』くらいで、『緋の襦袢』『恨み祓い師』『沼うつぼ』などは怪奇小説と呼んだ方がしっくりとくる感じだし、芸術家を扱った『ソリスト』や南洋の島を舞台にした『まれびとの季節』はジャンルに括り切れないスケールの大きな世界が展開しています。巻末にはエッセイ『短編小説倒錯愛』、インタビュー『SFは、拡大して、加速がついて、止まらない』も収録されていて、作者の多彩な魅力を味わえる作品集でした。


 『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』と続けて読むと、南洋の島を舞台にした『まれびとの季節』の骨太な作風が最も作者らしいのかなと思いますが、個人的な好みでは不条理テイストの『コヨーテは月に落ちる』『ルーティーン』の二篇が印象に残りました。


 本短編集のために書き下ろされたという表題作『ルーティーン』は震災の話です。3.11の日、岩手釜石に出張する筈だった主人公は上司との待ち合わせの時間に遅れ、北に向かう新幹線に乗り損ねてしまいます。都内で大きな揺れを感じ、どうやら自分が命拾いした事を知った主人公は、そのまま職場にも自宅にも帰らず失踪してしまいます。見知らぬ土地で数年間別の人生を送った主人公は、やがて家族の元へと帰還を果たすのですが・・・というお話。東京から(東北に行くはずだった男の目から)見た震災というのに妙なリアリティを感じました。その後の行動にも。あの日、自分は仙台で被災しましたが、もしオレがこの男だったら、やっぱり消えてしまったかもなあ、と。失踪者の話と言えば安部公房を連想しますが、より生々しい。


 ヒロインが夜道で遭遇したコヨーテを追って迷い込んだマンションから出られなくなるという『コヨーテは月に落ちる』はまた一味違った幻想的なお話。こちらもヒロインの苦闘ぶりに実感がこもっていて、生々しい感触が残りました。