Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

読書記録その3

 今年読んだ本で、まだブログに書いていなかったものをまとめて書き記しておきます。

 

騎士団長殺し』(村上春樹) 

 最新刊を読む前にと、積読になっていた2017年の長編を読む。第1部『顕れるイデア編』、第2部『遷ろうメタファー編』のハードカバー2冊の大長編。

 第1部には、妻に去られた主人公、地下に潜る、闇を抱えた友人、異界からのメッセンジャー、主人公を導く少女等々、お馴染みのモチーフが並ぶ。ここからどう飛躍するのだろうと思いつつ第2部へ。読後の正直な感想は、これは『ねじまき鳥』のライト版みたいだなあというものだった。作家は同じ物語、同じモチーフを語り続けるものだけど、さすがにこれは物足りないなと思った。違和感を感じる箇所もこれまでになく多くて、顔のない男の肖像画を描く話はどこに収まるのとか、女の子の発育中の胸に関する話題のしつこさとか。引用される固有名詞も楽しいんだけど何か違う気がして。リー・マーヴィンとかなあ。ううむ。絵画や音楽の及ぼす力が物語の中核に据えられているところは好きだった。スプリングスティーンを聴く場面など実感がこもっていてとても良い。でもまあ当たりもあれば外れもある。長年に渡って一人の作家を読み続けるというのはそういうことだよなとも思う。

 

 

 

『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(金井真紀)

 世界のユーモラスなことわざを紹介した一冊。政治や歴史の流れで消滅した言語に対する言及もあり興味深い。表題はフィンランドの諺で「解決策はひとつではない」の意。お気に入りは「面と向かって緑色のことを言う」(包み隠さず素直に発言するの意)、「風を食べる」(旅に出るの意)あたり。ことわざではないけれど、フィンランド語で「カルサリカンニ」とは「外出の予定がなく、自宅でひとり下着姿でお酒を飲んでる時の気持ち」を表すらしい。さすがフィンランド、そこはかとなく漂うアキ・カウリスマキ感‥‥。

 

 

 

ケンブリッジ・サーカス』(柴田元幸

 名翻訳家のエッセイ集。かと思いきや、死人や幽霊、過去の自分があちこちに登場し、多分に創作(妄想)が織り込まれた奇妙な味わいの短編集だった。オースター、ユアグロー、ダイベックら海外作家との対話も収録されているが単純なインタビューではない。街のスケッチに独特の感性があるなあと思う。収録作の中では『映画館』『ウェイクフィールドの微笑み』が印象的。後者に出てくるホーソーンのエピソードは、篠田節子の短編『ルーティーン』を思い出した。

 余談になるが、柴田元幸さんはムーンライダーズ鈴木博文さんと高校の同級生。いつだったか周年アルバムにお祝いコメント寄せていてびっくりしたっけ。好きなものは繋がるのだな。

 

 

 

『むしろ幻想が明快なのである―虫明亜呂無レトロスペクティブ』

 独自の視点と文体を持った映画評論を読むのは楽しい(だから俺は今野雄二先生が大好きだった)。虫明亜呂無による本書もまたそんな一冊。『ジョーズ』をあんな論点で褒めてる文章初めて見た。勿論それはアリだと思う。 

 

 

 

『砂の都』(町田洋) 

 『惑星9の休日』『夜とコンクリート』の町田洋の新刊。住人の記憶から型作られる砂の街を舞台にしたぼんやりSF。素描のような、これはこれで完成されてるような、余白の多い画風は変わらず。氏の絵柄には自分の体験はもちろん、お気に入りの映画や小説の記憶がふわふわと呼び覚まされるような気持ち良さがある。お話としては主人公と砂の街を結ぶ強い何かが足りない気がして(女の子だけじゃあんまりだ)、その分終章が盛り上がりに欠けるような気が。まあその薄味加減も作者の持ち味なのかな。

 

 

 

『せなか町から、ずっと』(斉藤 倫)

 娘から面白いよと薦められた児童文学。舞台は、島のように海に浮かぶ巨大な年老いたマンタの背中に出来た町。そこで起きた不思議な出来事を綴る連作短編集。どのお話も可愛いだけでなく、ひねりが効いていて面白い。犬をなくした少女の涙を蜜蜂が拾い集めハチミツを作る『ルルカのなみだ』、誰も弾き方を知らない不思議な楽器『麦の光』、スラップスティックで最後が怖い『はこねこちゃん』が特に良かった。junaidaさんの挿絵も綺麗。娘よ薦めてくれてありがとう。

 

 

 

『百冊で耕す』(近藤康太郎)

 副題に曰く〈自由に、なる〉ための読書術。普段こういったガイド本は読まないのだが、友人のお薦めを受けて手に取ってみた。著者は書く。なぜ、本など読むのか。幸せになるためだ。幸せな人とは、本を読む人のことだ。これには同意。また、「本は百冊あればいい」(読めばいい、ではない)というのは自分もそうかもなと思う。最近特にそう思う。本当に大事で、手元に置いて繰り返し読み返す本は百冊あればいいのかもなと。闇雲な断捨離ではないので実現性が感じられ、説得力がある。 

 

 

 

(この項終了)