Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『分解された男』(アルフレッド・ベスター)

 アルフレッド・ベスター『分解された男』The Demolished Man(1953年)。『虎よ、虎よ!』で知られるベスターの長編デビュー作であり、第1回ヒューゴー賞を受賞した名作であります。


 時は24世紀、全太陽系を手の内に入れようと画策する巨大企業の社長ベン・ライクは、ライバル企業の経営者を殺害します。切れ者のライクは上手く現場から逃げおおせますが、第1級エスパーの刑事部長リンカン・パウエルが事件を担当することになり、知力財力に富む巨悪とエスパー刑事の攻防戦が展開します。


 エスパーの存在が日常化している近未来社会(エスパーに犯罪計画を事前に察知されてしまうが故に犯罪が激減している)というSFならではの設定はありますが、本作は基本的に犯罪者と刑事の息詰まる駆け引きを描いたサスペンス・ミステリーでした。近作でいえばチャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』がSFならではの奇抜な設定を盛り込みながら優れたハードボイルド・ミステリーであったのを思い出します。お互いに一目置く男同士が知力を尽くしてぶつかり合うというオーソドックスな物語に、SFならではの意外な展開やエスパーの会話を表現した実験的な文章が盛り込まれていて、非常に娯楽性の高い一作でした。ライクがエスパーに心を読まれないようにする方法が馬鹿馬鹿しくて面白い。「もっと引っぱる、いわくテンソル 緊張、懸念、不和がきた」って・・・。


 『分解された男』はブライアン・デ・パルマが映画化を熱望していたことでも知られています。そのことが頭にあったので、読んでいる間ずっと脳内で「デ・パーマ・タッチ」の映像が駆け巡ってましたよ。覗き見!スプリット・スクリーン!スローモーション!突然キャメラが俯瞰に!人体破裂!音楽はピノ・ドナジオ!殺人事件が起きる秘密パーティーの場面なんて、本当にデ・パルマが撮ったら最高だろうなあ。今からでも遅くないから映画化してくれないかなあ。


分解された男 (創元SF文庫)

分解された男 (創元SF文庫)