Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『コーヒーと恋愛』(獅子文六)

 獅子文六『コーヒーと恋愛』(1963年)読了。獅子文六については名前しか知らず、これまで読んだことがありませんでした。本屋さんで本書(ちくま文庫版)を見つけ、このタイトル、そして曽我部恵一氏の解説を見て、読んでみようと手に取りました。人が死なない小説(もちろんシリアルキラーやエイリアンも出てこないし、テロも起きないし、タイムスリップもしない)を読んだのは久しぶりかも。


 TVのホームドラマで人気の女優、坂井モエ子(43歳)が主人公。同棲中の年下の彼氏が若い女優の元へと去ってしまった。ショックを受けたモエ子は、コーヒー愛好家の友人に相談するが・・・というお話。モエ子が淹れるコーヒーは抜群に美味しいという設定で、彼女の美味しいコーヒーを媒介にした人間関係と、周囲の恋愛模様をユーモラスに描いています。1963年(昭和38年)というから自分が生まれる前の小説なのですが、軽妙な語り口は古さを感じませんでした。背景として描かれる黎明期のTV界の様子も興味深かった。


 モエ子はコーヒー愛好家のグループに参加しています。愛好会の面々が語るコーヒーの薀蓄がおかしい。リーダーは茶道よろしく「可否道」と称しコーヒーの流儀を確立しようと本気で考えているマニアさん。モエ子がインスタントコーヒーのCMに出ることが知れて、愛好会でバッシングに遭ったりして。昭和38年にして存在したコーヒーヲタの生態が馬鹿らしくも愛おしい。


 基本のんきな恋愛小説でボリュームもほどほどなので、気楽に読み終えてしまいました。たまには(たまには、ですが)こういう小説も良いですね。読後は間違いなくコーヒーが飲みたくなります。


 今本書を映像化するとしたら、監督は誰だろう。森田芳光亡き後、しっくりくる名前が思い浮かばないなあ。『アベック・モン・マリ』『とらばいゆ』の頃の大谷健太郎監督なら、中年女性を主人公としたラブコメとして和製ウディ・アレンみたいな映画に仕上げることができたかもしれないですね。